higomokkosu GARDEN higomokkosu SHIRT

プロフィール

三保真吾

Author:三保真吾
higomokkosu GARDEN
higomokkosu SHIRT
熊本県出身。
マリスト学園卒業。
武蔵野美術大学卒業。
長男、B型。
現在一児の父。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

Yggdrasil

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

Powered By FC2ブログ

答え

2007.02.28 雑記
2月が終わる。

今年の暖冬は凄まじい。
観測史上初、なんていう言葉をよく耳にする。
環境問題についてニュースが触れていない日は
ほとんどないといってもいいのではないだろうか。
とうとう僕達はこんな未来までやって来てしまった。

人は何のためにうまれてきたのか。
という問いに対する答えは、
その時代を実によく表現するといってもいい。

江戸時代とバブルの時代とでは人間の生に対する価値観が
まったく違っていただろうということは、なんとなく想像できるが、
生きるということに対してまったく違う価値観を持った生物が
同じ種であるということはなんだか不思議な気がする。

そういうことを含めてなんだかんだ答えを求めてしまう生物を
ひとくくりにして人間と呼ぶのだろうか。
そういう乱暴な気分になってくる。

人は何のためにうまれてきて、何のために生きるのか。
皆さんはどんな答えをお持ちでしょうか。

コメント0
トラックバック0

2007.02.27 雑記
生意気に豪語しても、
僕達には到底課してはもらえない責務があるかと思えば、
僕達にはまだ知り得ない、
おそらくこれから課せられる責務もあるのだろうけれど、
例えそうだとしても豪語してやろうではないか。

理由はよくわからないが、
そこのところの硬い芯が萎えてしまったら
もはや僕達は男のカタチをした
ただの肉になってしまうのだ。
少なくともその事実から目を背けることは
多分やめたほうがいいと、
そう思いませんか、諸君。

コメント0
トラックバック0

オス

2007.02.26 雑記
迷うということがあり、
戸惑うということがあり、
やはりたまに落ち込むということもあるわけで、
肩を落として溜め息なんかがもれて、
うつむいて歩いたりする。

僕に最期まで残るものがあるとしたらそれは、
ただの男という裸の事実。

そう思い知ってしまうのはつまり、
うつむいた視線の途中には己の下半身があるのだ。
それは己がオスのであるということを思い出させるための、
一種の本能である。

そんなバカなことを考えたりする。

コメント0
トラックバック0

無題

2007.02.25 雑記

そして君に腕立て伏せを捧げたい

路地裏の裏の裏の梅の花


コメント0
トラックバック0

手を動かす時

2007.02.24 雑記
手を動かす時、
全身から良い性質の気が放たれているか。
そういうことが実に大切なことであると、
最近しみじみと感じている。

その契機が何だったのか、
やはり覚えていないのだけれど
手を動かす時、
ほとんどはそのことに集中すればいいのだと
そう思うようになった。

江原さんと美輪さん的に言うと、
良い色のオーラを放つということであろうか。

意識してできるようになるものなのかどうか
僕にはわからないけれど、
絵の具の色を選ぶように簡単なことではないにせよ
穏やかに念じれば幾らかは操作可能なことであるような気がする。

手を動かす時、
それはモノをつくるということそのことだけではなく、
日々の営みのすべてを行うということだ。

コメント0
トラックバック0

夫婦

2007.02.23 雑記
母親の誕生日が近づくと、
決まって親父から電話がかかってくる。
その逆も然り。
どうやら弟達のところにもかかってくるらしい。

独り暮しをするようになってから、
毎年のようにかかってくるようになったと思うのだが、
僕はそのことを、それなりに美しい夫婦愛だと
勝手に解釈していた。

今回の親父からの電話はこうである。


親父「明日はお母さんの誕生日ばってん、何かした?」
僕「いや、特に何も送っとらんけど。」
親父「なら電話ばしてね。電話もなかとオレがあたらるっけんね。」


これは親父特有のジョークであろうか。
息子としてはそう願わないでもないのだが。

やや滅入った気持ちで母親に電話する。
そこで驚くべき事実を耳にする。
どうやら親父がしばらく前からこのブログを読んでいるという。

お父さん、夫婦って何なんでしょう。

コメント0
トラックバック0

星のもとに

2007.02.22 雑記
大学時代の親友が結婚をする。

彼は以前このブログでも何度か登場してるが、
今は群馬の実家で家業を継いでいる。
かみさんになる人とは大学を卒業して間もない頃から
付き合い始めたと記憶している。
その記憶が正しければかれこれ6年近く交際していたことになる。

このカップルも僕達と同じで、姉さん女房である。
僕達と彼女達はそれぞれまったく同じ年齢で、
4つ上のかみさんである。
僕の同級生にはこの組み合わせが多く、
4つ年上のかみさんと一緒になったやつらが
知っているだけでも4、5組いる。
星的なものかしら。

4月の末に東京で結婚式を挙げるという。
親戚とごく近しい友人だけを呼ぶそうなので、
同じ日の夜に、「結婚を祝う会」を盛大に開こうかと
考えている。

前々からその計画はあったのだが、
毎度のことながらギリギリにならないと動かないタチゆえ、
2ヶ月前になってようやく場所を探し始めた。

ネットで色々と調べた末、
中目黒にあるお店に目星を付け、実際に下見に出かけた。
駅から歩いて7分ほどのところで、普段はギャラリーや
展示会などにも使われるスペースらしい。

かしこまった雰囲気ではなく、ゆっくりと歓談できるような
場所を探していたので、なかなかよかった。
貸し切りの時間も3時間可能であるところもいい。
時期的にも混雑する可能性があったのでその場で申し込み、
後日再度来店し打ち合せをすることにした。

これまで何度か2次回などに参加したことがあるのだが、
自分達の時もそうだったように、ゆっくり話す間もなく、
バタバタと終わってしまう。
ビンゴや余計な演出などはこの際無くし、
久しぶりに会うであろう彼等の友人達となるべくゆっくり
話しをする和やかな場となればいいなと考えている。

前々から幹事というものは嫌いではないのだが、
殊、親友の晴れの舞台である。
良い会になるようにもう少し知恵を絞らなければ。
当日が楽しみである。

コメント0
トラックバック0

なめたらいかんよ

2007.02.21 雑記
ホームページに公開しているメールアドレスが
幾つかあるのだけれども、
毎日信じられないほどの数の無用なメールが届く。

無用というのはつまり、僕あるいはhigomokkosu SHIRTという
特定の相手に向けられたものではないということである。
イタズラメールと言ってもいいのかもしれないけれど、
おそらくその多くは利益目的のものである。

そういうソフトがあるのかどうか、
実のところ知らないのだけれども、
ネット上に公開されているメールアドレスに
一括送信する機能を持ったソフトがあるのかもしれない。
一日も欠かさず似たようなメールが届くのであるから、
そう疑ってしまう。

たいていは英語表記のものや、文字化けしたようなものが
タイトルになっていて、そのあたりは完全にスルーしている。
とてもじゃないがいちいち開いていられない。
これまでもしかしたら僕宛てのものがあったのかもしれないが、
もしそうだとしたら開いていません。ごめんなさい。

一番困ってしまうのは、こういう類いのものである。

「こんにちは」
「ご無沙汰してます」
「さっきメールしたんですけど・・・」
「お世話になっております」

こういうタイトルだったらやっぱり開かずにはおれないのである。
まったく悪質である。
開いてみるとたいていはアダルト系や出会い系のものなのだが、
さすがに最近は慣れてきて、はちゃめちゃなアカウントの
フリーアドレスからのものは同じようにスルーしている。

いちいちいたずらメールのアドレスに登録しても
こればっかりはいたちごっこなので、
そういうふうに対処するしかない。
困ったものだ。

こういうことに腹を立ててもしょうがないのだが、
何が許せないかというと、こういう方法で
少しでもお金を稼ごうと思っている輩が確かにいて、
おそらくは実際にお金を手にしているということである。
「なめたらいかんよ」と一言申し上げたい。

というわけで、メールをくださる際は
タイトルにお名前かご用件を表記くださいませ。
よろしくお願いします。

コメント0
トラックバック0

平凡なくじら(?)

2007.02.20 雑記
確定申告に行った。
といっても駅の出張窓口で書類を出してハンコ押してもらうだけ。
ものの30秒であります。

船橋駅の駅ビルの地下には児童コーナーがある。
プラスチックのワニやくじら(?)、それに小さなすべり台。

むすめは普段同じくらいの子供達と遊んでいないので
少しだけ戸惑っているようにも見える。
人見知りしているわけでも、ものおじしているわけでも
ないのだけれど、どうやって遊んでいいのかわからないみたい。

くじら(?)にまたがると僕に後ろに乗れとせがんでくる。
他の子が勢いよくすべり台から飛び出してくると、
自分も乗せろと両手をあげて寄り添ってくる。

気がつくと靴を脱いで一緒になって遊んでいる大人は
そもそも僕ひとりであった。
他の親達はそばのカフェで眺めている程度である。
あたりまえか。

こっちがヘトヘトになっても娘は一向に帰ろうとしない。
「帰ろうかー?」と言うと、「んーっ!!」と言って、
片足で地面をドスンと踏み付ける。
そんなジェスチャーどこで覚えたんだよ・・・。

そういうときかみさんは「チョコ食べるー?」と言う。
今のところ最も効力を発揮する言葉のひとつである。
すると娘は「トコ!!(チョコの意」」と言って、
ようやく靴をはいた。
子供の機嫌をとるのも、楽ではないのである。

確定申告をするようになって、
なんだかとっても大人みたい、なんてマヌケな勘違いを
していたことを思い出す。
今となってはそんあことあたりまえのことだと思うのだから、
すっかり社会人になってしまったと思うのだが、
一方でまだしゃべれない子供と一緒になって
プラスチックのくじら(?)にまたがっていたりするのだ。

それはごく平凡なことなのかもしれないけれど、
なぜかしみじみとした思いが込み上げてきてしまう。
僕達はくじらに乗ってどこへ旅立つのか。

コメント0
トラックバック0

申告

2007.02.19 雑記
確定申告の季節です。

大学を卒業してから毎年恒例となっているこの行事も、
すっかり慣れてしまいました。
たまりにたまった領収書を分類し、
売り上げと経費を計算して、いつもと変らないフォーマットに
数字を当てはめていく。以上であります。

やり始めた頃はまったくうまくできませんでしたが、
慣れてしまえばなんてことない作業で、
個人経営の僕などは特に、ほんの数時間もあれば
済んでしまいます。

千葉に越してきてからはじめての申告ですが、
嬉しいことに船橋駅の駅ビルの地下に臨時受付窓口が
設けられるらしく、そこで提出できるようです。
税務署はたいてい駅から離れているところが多く、
船橋の場合もとなりの東船橋から歩いて10分くらいの
場所にあるみたいなので、大助かりであります。

週明けに早速提出してこようかと思っております。
皆さんもうお済みでしょうか。

コメント0
トラックバック0

ポテンシャル

2007.02.18 雑記
またまた娘の話になってしまうのだけれども、
ここでも何度も書いた通り、わが家の娘はお転婆である。

もうすぐ2歳になるのだが、元気がよすぎる。
10ヶ月くらいで立って歩き始めたので、
わりかし早いほうであると思うのだが、
最近は一瞬目を離すと姿を消してしまう。
ものすごく足が早いのである。

他の子供がどうなのであるかよく知らないので
比較はできないのだが、脚力がすごい。
実に見事なふくらはぎをしている。

ソファーから飛び下りることを止めどなく繰り返す。
一日中走り回っている。
ジャンプ力がすごい。
機敏な動きで踊り続ける。
「いないいないばぁ」(たしかそんな名前)という
NHKの幼児向け番組の踊りを完璧にマスターしている。

殊に驚いたのは、ここ最近でんぐり返りをマスターしたことである。
ぼくらが「ぐるりん」と唱えると、これまた止めどなく
でんぐり返りを繰り返すのである。

この肉体のポテンシャルは2歳児の標準なのでしょうか?
どなたかご存知でしたら教えてください。

コメント1
トラックバック0

春について

2007.02.17 雑記
基本的に季節の変わり目というものは
体調を崩しがちであるが、特に春先は危ない。
肉体的にもそうなのであるが、どういうわけか少しだけ
情緒不安定になってしまう気がする。
無意味に焦燥感にかられたり、イライラしがちになるのである。
春先はしょっちゅう電車が遅れてしまうということからしても、
これは僕に限ったことではないと思う。

春は始まりの季節である。
新しい環境に飛び込んでいく季節である。
そのため精神的に負担を感じやすくなるということも
当然あるのだろうけれども、どうもそういうことだけが
原因ではないような気がするのだ。

暖冬冷夏で日本文化の根源を成す四季というものさえもフラットになり、
目に見えるカタチで何かとてつもなく大切なものが壊れ始めている。
そうすると皮肉なことに、僕達はそれまであたりまえだった
四季というものの彩りを余計に感じてしまうのだ。
2月なのに梅が満開だという。
ところがどうだろう。僕達はそうして梅の花の存在の美しさに
改めて気がついていやしないか。
その心のありようにさえ気がつかないということは、
とても危険なことであると思う。

多くの草木が春先に芽をだし、花を咲かせるように、
虫や獣が深い眠りから目を醒ますように、
僕達人間の心にも湧きあがる何かがある。
それを何と呼んでいいのかわからないけれども、
その湧きあがった何かは肉体をどこかへ導くような作用を
本質的に抱いているように思う。
おそらく僕らの体は幾つもの制約のせいでその作用に
素直に従うことができず、苦しんでしまうのではないだろうか。
そんなことを漠然と感じる。

春先に湧きあがる動物としての肉体の高ぶりと、
それを遮断する社会の様々な枠組みのなかで、
僕達はすっかり疲弊しているように思う。

春という季節はもっとゆっくりと過ごすべき季節なのだと思う。
何もせずに、ぼんやりと大切なことを感じ取るべき季節なのである
と思う。

そして大きな視点で考えると、そうすることでしか
もう一度春という季節を取り戻すことはできないのではないかと、
そう思ってしまうのだ。

コメント0
トラックバック0

ウヰスキー

2007.02.16 雑記
アトリエの作業台の上には
土産でいただいたGlenfiddichが一本。
貧乏性の僕はちびりちびりとやっていたのだが、
もう残りわずかとなってしまった。
実に淋しい。

シングルモルトよりもブレンデッドのほうが
好きなのだけれども、飲んでしまえばどちらも旨い。
通の人はシングルモルトが旨くなくなったから
しょうがなくブレンデッドを飲むんだと聞いた。
この手の半ばノスタルジックな話題は
何もウヰスキーに限った話ではないのだが。

ともあれウヰスキーはロックに限る、と今でも思っている。
水割りやハイボールなんて邪道だと。
ところが先日友人の奨めで飲んだハイボールは
実に美味であった。
まぁ上等なウヰスキーでやろうとは思わないのだが。

しかし水割りは許せぬ、そう思ってきた。
わざわざ薄める意味がわからぬ。
まったくウヰスキーに対する愚弄だ。

・・・。

そして今、そう言い放ってきた言葉さえも
撤回せざるをえない。
実に残念なことに、
シングルモルトの水割りは結構いけるのである。

そうやって人間は丸くなっていくのだよ。
いつもより少し薄い黄金色のあいつが
静かに僕に語りかける。

コメント2
トラックバック0

メモ・2

2007.02.15 雑記
店舗そのものの不在性と、
その内部における作り手と受け取り手の
コミュニケーションの実在性、
その両側面を同時に内包した空間としての店舗。

コメント0
トラックバック0

純情

2007.02.14 雑記
バレンタインであります。

人に聞いて「あ、そうなんですか!?」と言った後に、
そういえば去年も聞いた気がすると思ったのですが、
女性が男性にチョコレートを渡すという風習は、
日本特有の文化なのだそうです。
まあ、製菓メーカーの思惑であるということは
確かなのでしょうが、それでも別にいいじゃないの、
と僕は思っています。

日本は今でこそ女性が強い社会ですが、
そうはいっても女性から男性に想いを告白する
なんていう機会はやっぱり少ないわけで、
年に一度くらいそういう特別な日があってもいいと
そう思うのです。
今どきそんな純情というか乙女心が
世の中に生き残っているのかどうか、
その事実関係は明らかではありませんけれど。

海外では(といっても欧米でしょうけれど)
男性が女性に花とスィーツを贈るというのが
一般的なようです。
告白の機会というよりはやはり、
特定の女性にプレゼントをするという日なのでしょうね。
本当のところはどうなのか知りませんが、
実にスマートであります。

それに倣ってというわけでもないのですが、
わが家の場合かみさんも娘も大のチョコ好きでして、
年に一度くらいちょっと高級なチョコでも買っていこうと
ひとりデパートに赴きました。

案の定、若い女性ばかりがごった返しており、
選ぶのも一苦労、買うのもちょっと恥ずかしいといった
具合なのであります。
しかもすごい数のお店があって、
一体どこで買えばいいのかさっぱりわからない。

結局以前かみさんにもらったことのあるDEMELで買ったのですが、
ここはウィーンの老舗であるということもさることながら、
パッケージが抜群にかわいい。
ジャケ買いです。

予想外の攻撃にさぞ喜んでくれるだろうと
意気揚々に帰宅したのですが、
かみさんはというと、僕の予想を完全に裏切り、
手づくりのティラミスで応戦。
今日も完敗でありました。

コメント0
トラックバック0

子供服

2007.02.13 雑記
娘の2度目の誕生日が迫っています。

誕生日には必ずシャツをつくってあげようなどと
なんとなく思いついてしまったがために、
子供服という未知の世界に足を踏み入れることに
なってしまいました。
もしかしたらこれも何かしらのお導きなのかも
しれません。なんて考えるのは安直でしょうか。

higomokkosu SHIRTのサイトにもアップしていますが、
1歳の誕生日には大人顔負けの本格仕様のシャツを
つくりました。
デザインとパターンを起こし、縫製は業者に発注しています。
そのせいもあって価格も大人顔負けになっているのです。

今年も同じデザインでサイズアップしたものを
つくろうかと当初思っていたのですが、
人間というものは放っておくとだんだん欲がでてくるもので、
せっかくだからもう少し違ったものにしようかと、
直前になって思ったりしています。
どうなりますことやら。

4月に「07 SPRING」の新作を色々と発表しようと思っていますが、
その時にはお披露目できると思います。

これまでは年に一着のペースでしたが、
今年はもう少し子供服にも力を入れていこうかと思っています。
どうぞご期待ください。

コメント0
トラックバック0

メモ

2007.02.12 雑記
実体のないもの

揺れ動くもの

突発性

無空間・無時間モデル

パラサイト

拡張性

多様性

オルタナティブ

日替わり



コメント0
トラックバック0

愚痴

2007.02.11 雑記
えー、やらなければならないことが、
というか、やろうと思っていることが、
とにかく山積みなのであります。

いつものことなのですが、
できるかできないかの瀬戸際にならないと
尻があがらない。
けれど幸運なことに、これまでの人生においては、
できあがらなかったということはほとんどないのです。
一瞬の集中力に賭けているというとカッコイイのですが、
実際のところはギリギリにならないと迷うばかりで、
余計なことを考えてしまうということもあるのです。

ゆとりを持ってつくりはじめると、
頭でばかり考えてしまって逆に本質を見失うということが
やっぱりあるのではないかと、そう思うのです。
無論、未熟な僕に限ったことかもしれませんが。

ものをつくるという何かを生み出す作業は、
実際に手を動かしてものをつくるということよりも、
実際に手を触れる際の精神状態というものが
できあがるものにものすごく影響してくるのだと
そう思うのです。
心をコントロールするということがうまくできないと、
いいものがつくれない。
そんなことあたりまえのことかもしれませんが。

そういうわけで、このブログも遅れに遅れ、
まとめて手を付けている、そんなところなのです。
適当なことばかり書いていますが、
毎日となるとけっこう大変なんですよ、これも。
なんて愚痴ったところでしょうがないのですけれど・・・。

コメント0
トラックバック0

ハーブ、備え

2007.02.10 雑記
わが家のリビングは南向きなのであるが、
冬になると昼過ぎには陰ってしまう。
となりの棟の影が庭を通り越してリビングまで
覆ってしまうのだ。

そんな陰った庭であるが、暖冬のせいもあってか、
去年植えたハーブ達も、何とか冬を越せそうである。
一番元気がいいのはあいかわらずセージである。
たまたま日当たりのいいところであったからだと思う。
高さ60センチくらいに育っている。

2種類のミントとレモンバーベナは未だ瀕死で、
これで復活したら奇跡だと思っている。
ワイルドストロベリーは淡々としており、
一度枯れかかったローズマリーは復活の兆しを見せている。

今年は藍と大豆とみょうがと・・・夢ばかりが膨らむのである。
去年の反省も活かして、プランターも使ってみようと思う。

しかし、そんなことを2月の真っただ中に思うあたり、
今年の暖冬は凄まじいというものである。
春一番が吹くかもしれないなんて話があるが、
まったく恐ろしい。

僕達は備えなければならない。
それは明らかであるようだ。

コメント0
トラックバック0

相棒

2007.02.09 雑記
学生の頃から使っている相棒が
いよいよ調子が悪い。
このブログもそうなのだけれども
ネットにつなぐと頻繁にフリーズするようになった。
(今もフリーズして携帯から書き込み中)

かれこれ8年くらいのお付き合いになるので
そろそろ相棒も時代の流れについてこれていないようである。
まぁ、僕も似たようなものなのだけれども。

パソコンに限らず道具というものは
壊れさえしなければ半永久的に使えるものであるはずなのだけれども、
周辺機器やネットワークなんかとの相互関係が必要になってくると
そうもいかない。

これは明らかに限られた企業の思惑であると思うのだけれども、
そうとはわかっていても使わずにはいられないというのが
つらいところである。

あー、新しいパソコン欲しいなぁ。

コメント0
トラックバック0

青春

2007.02.08 雑記
いつか取り戻せるのではないかとつい思ってしまう
淡い感情そのもののことを、
青春というのではないかと、ふと考える。

青春真っただ中なんていう言葉は嘘だ。

それは訪れるものでもなければ、
いつか手にしていたものでもなく、
あったようななかったような、
しかし実のところ持ちえなかった、
だからこそ清らで瑞々しいままの
時間から解き放たれた特別な広がりであるのだ。

一方でこう思う。
青春というものを人生からまったく切り捨てるということは、
悪魔に心を売り放つような行為なのだと。

そうやって僕は、
僕の人生に対するぐーたらな態度に
言い訳をしてみるのだ。

コメント0
トラックバック0

もっこり

2007.02.07 雑記
もこみちの東京タワー、見てます。
書籍は読んでいないのですでれども。

実際にムサビで撮影をしていて、
ドラマの中にも懐かしい建物が何度か出てきました。
卒業証書もそっくりだったのには正直驚きました。

卒業してもがっちり就職するでもなく、
むしろそのことを馬鹿にするような気持ちでいたこと、
僕はホームレス生活こそせずに済んだものの、
同じようなことを考えていたなぁと、
ほろ苦い気持ちになりました。

今から思えば、バイトなんていくらでもできる時間があったのに、
ほとんど親の仕送りに頼っていたこと、
申し訳ないという気持ちと、それでもなぜか怠慢に打ち勝てない
自分との間でどうしようもなく苦しむところなどは、
あまりの生々しさに目をつぶりたくなる思いです。

マー君やおかんの方言も実に生々しい。
「せからしか」なんて言葉が飛び出すと、
ドキリとしてしまうのです。

ムサビ出身のろくでなしの九州男児というものが
(そこに自分が属すると思うだけでゾッとする)
おそらく日本には数万人くらいはいると思うのですが、
まったく他人の話とは思えないはずのこの美しい物語を
どういう見方で見ているでしょうか。

そしてもうひとつ気になるのは、
そんな僕達の母親は一体どんな気持ちで
このドラマを見ているのかということなのです。

仮に僕の母親が見ているとして、
余計な感情移入というものはしてほしくないものだと、
そう願わずにはいられません。
ま、うちの場合はおとんは時々ではなく、
いっつもなのですが。

コメント0
トラックバック0

ゆらゆらと揺らめくもの

2007.02.06 雑記
ゆらゆらと揺らめくものに心奪われてしまうのは
一体なぜだろうか。

ゆらゆらと揺らめくもの。

コメント0
トラックバック0

粒子

2007.02.05 雑記
霧雨に濡れる赤いテールランプは
なぜにあれほどまでに鮮やかなのか

揺れる車窓にうつるいつもの景色は
なぜにいつも新鮮であるのか

僕はやはり盲目であるのだ

君に未来を

世界の粒子の粒のひとつひとつは
そう僕らに語りかけている

僕の一生をかけてそう信じてしまったとしても
僕は構わない

そんな気分なんだ


コメント0
トラックバック0

今、僕は

2007.02.04 雑記
与えるということの尊さの意味を
僕は今最も知りたいと思ってるんだ、
そうだろ?
コメント0
トラックバック0

節分

2007.02.03 雑記
2月3日、節分。

かみさんが豆を買っていてくれたのだが、
夕食を食べてまったりしていたら、
すっかりそのことを忘れてしまった。

風呂に入ってもう寝るだけというときになって
ハッと豆の事を思い出す。
すでに2月4日になりかけている。
さすがにまくわけにもいかず、
今年はわが家には豆まきが訪れなかった。
僕は鬼になりそこね、
娘は泣かずにすんだということになる。

封をきられなかった豆の入った四角い箱。
せめて歳の数だけでも食べようかしら。

鬼は外、福は内。

コメント0
トラックバック0

2007.02.02 雑記
例えば
着陸寸前の飛行機の小さな窓から見える夜景というものを
美しいと思ったことがない。
雑然とした人の営みの人工的な光を
夜空に瞬く星にたとえることができない。
これは僕のひねくれた心と無関係ではないと思う。

ところが一方で
誰が見るでもない真夜中の
高圧線の鉄塔に灯る真紅の光を
なぜか美しいと思う。
しかし僕はこの光を一体何にたとえているのか
わからないでいるのだ。
これもやはり僕のひねくれた心と無関係ではないと思う。


コメント0
トラックバック0

「アース・ガーディアン」に掲載されました

2007.02.01 higomokkosu SHIRT
higomokkosu SHIRTよりお知らせです。

2月1日発売の「アース・ガーディアン」2月号に
先日自宅で取材を受けたインタビュー記事が
掲載されています。

今月のエコロジストというコーナーに、
不自然な笑顔で写っています。
このコーナー、なんとも豪華で、
カラー3ページであります。

見かけたら手にとってみてください。


「アース・ガーディアン」
http://www.nippo.co.jp/EG/
コメント0
トラックバック0
無料ホームページ アフィリエイト レンタルサーバーFC2ブログ