一年が暮れてゆきます。
早いものです。
今年は「交流」という言葉を心掛けてきましたが、
思い返してみると、大して実現することができませんでした。
外に向かうということはなかなか難しいことなんだと、
改めて思い知りました。
この一年で感じることができた大切なことを
来年の課題としていきたいです。
(最後くらいは真面目に。)
来年の5月には僕もとうとう30才になります。
世界にとってはまったく小さな事実でありますが、
僕にとってはやっぱり節目となる特別な出来事です。
穏やかに、じっくりと自分と向き合う年にしたいです。
「30になっても何もできないヤツっていうのは準備が足んねーんだよ」
なんていきがっていた頃もありましたが、
やっぱり君もそんな30才を迎えてしまうのだよ、
若かりし頃の僕よ!
皆さん、今年一年大変お世話になりました。
来年も変らぬおつき合いを何卒よろしくお願い申し上げます。
よい年をお迎えくださいませ。
ゆく年
2006.12.31 雑記 コメント0トラックバック0
酒にまつわるエトセトラ
2006.12.30 雑記
お土産は何がいいですか?
と仮に聞かれたとすれば、
「酒」と即答する。
その土地の酒なら尚のことありがたいと思う。
プレゼントは何がいいですか?
と仮に聞かれたとすれば、
「酒」という言葉が頭をよぎる。
なるべく度数が高いほうがよいと思う。
酒は決して強くない。
これは自他共に認めるところだ。
けれど、好きだから困ってしまう。
酒に限ったことではないけれど、
本当によいものを少しだけ、そう思うようになった。
上質なものは少しだけ味わうのが粋というものだと知った。
そんなことを口にするのは野暮だというものだけれども。
酒と名の付くものなら何でも好きだ、と思う。
口にしたことのないとんでもない酒が世界にはあるのだろうから
本当のところはわからない。
まぁ、そういう特別なものは除くとして、
一般的な酒は何でも飲む。
どこの家庭でもたいていそうなのかもしれないけれど、
僕の実家の応接間にもブランデーやウイスキーなどを並べた
キャビネットがあった。
聞くところによるとこういった洋酒は今よりずっと高価な
お酒であったらしい。
僕の親父は無類の酒好きであるけれど
こういった類いの酒は飲まない。
若い頃は飲んでいたのだろうか。
大して詳しくもないのだけれど、洋酒は好きだ。
コニャック、アルマニャック、カルバドス、ジン、ラム、
テキーラ、ポート、バーボン、スコッチ、その他各ウイスキー。
度数はなるべく高いほうがやっぱり旨いと思う。
旨い酒とシガーに囲まれた生活。
考えただけで極上な気分になってしまう。
豊かすぎて恐ろしい。
まったく手にすることができないわけではないけれど、
決してそのすべてを手にできないというほどほど具合。
おいらなんてそんなもんだよと、受け入れてしまうこと、
それがやっぱり美しいのだと思う。
そんな大人になりたいな。
コメント0と仮に聞かれたとすれば、
「酒」と即答する。
その土地の酒なら尚のことありがたいと思う。
プレゼントは何がいいですか?
と仮に聞かれたとすれば、
「酒」という言葉が頭をよぎる。
なるべく度数が高いほうがよいと思う。
酒は決して強くない。
これは自他共に認めるところだ。
けれど、好きだから困ってしまう。
酒に限ったことではないけれど、
本当によいものを少しだけ、そう思うようになった。
上質なものは少しだけ味わうのが粋というものだと知った。
そんなことを口にするのは野暮だというものだけれども。
酒と名の付くものなら何でも好きだ、と思う。
口にしたことのないとんでもない酒が世界にはあるのだろうから
本当のところはわからない。
まぁ、そういう特別なものは除くとして、
一般的な酒は何でも飲む。
どこの家庭でもたいていそうなのかもしれないけれど、
僕の実家の応接間にもブランデーやウイスキーなどを並べた
キャビネットがあった。
聞くところによるとこういった洋酒は今よりずっと高価な
お酒であったらしい。
僕の親父は無類の酒好きであるけれど
こういった類いの酒は飲まない。
若い頃は飲んでいたのだろうか。
大して詳しくもないのだけれど、洋酒は好きだ。
コニャック、アルマニャック、カルバドス、ジン、ラム、
テキーラ、ポート、バーボン、スコッチ、その他各ウイスキー。
度数はなるべく高いほうがやっぱり旨いと思う。
旨い酒とシガーに囲まれた生活。
考えただけで極上な気分になってしまう。
豊かすぎて恐ろしい。
まったく手にすることができないわけではないけれど、
決してそのすべてを手にできないというほどほど具合。
おいらなんてそんなもんだよと、受け入れてしまうこと、
それがやっぱり美しいのだと思う。
そんな大人になりたいな。
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危うさ
2006.12.29 雑記
危うさってものを手のひらにのせて
眺めてみるわけだけれども、
案外心が穏やかであるのは一体どういうことか。
ん?
それって以外と大事なことかも?
コメント0眺めてみるわけだけれども、
案外心が穏やかであるのは一体どういうことか。
ん?
それって以外と大事なことかも?
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ひとりごと
2006.12.28 雑記
愛飢え男
藍植え男
コメント0藍植え男
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20℃って・・・
2006.12.27 雑記
冬の嵐から一転。
台風一過のような晴天であります。
都心は20℃くらいあったみたい。
年の瀬の気温じゃないよね。
スキー場なんかは雪がなくて困ってるみたい。
そりゃそうだわ。
九州の出なもんで、こっちに出て来るまでは
スキーなんて行ったことなかったんですが、
大学生になってからはちょくちょく雪山に赴きました。
といってもスノーボードなんですけれど。
バイトして道具をひと揃えして、年間計画でお金ためて
ひと冬で10日くらいは行ってたんじゃないかなー。
なんだかゆとりがあったのね、今から思えば。
またそのうち行ってみたい。
しかし、何度も書いていますが、
冬はやっぱり寒いほうがいいと思うのです。
四季は四季らしく、メリハリがあったほうがいい。
冬の寒さの中にもやっぱりあるじゃないですか、
風情というか、にじみ出てくる感慨というものが。
こうもあったかいとなんだかぼんやりしちゃっていけない。
今日の日射しなんかはそれ通り越して唖然としちゃったよ。
町中には年越しムードが俄然高まっておりますが、
なんとも滑稽に思えてしまうのです。
今年も残すところあと4日。
頬を刺すような演出があったほうがいい。
そう思うのです。
コメント0台風一過のような晴天であります。
都心は20℃くらいあったみたい。
年の瀬の気温じゃないよね。
スキー場なんかは雪がなくて困ってるみたい。
そりゃそうだわ。
九州の出なもんで、こっちに出て来るまでは
スキーなんて行ったことなかったんですが、
大学生になってからはちょくちょく雪山に赴きました。
といってもスノーボードなんですけれど。
バイトして道具をひと揃えして、年間計画でお金ためて
ひと冬で10日くらいは行ってたんじゃないかなー。
なんだかゆとりがあったのね、今から思えば。
またそのうち行ってみたい。
しかし、何度も書いていますが、
冬はやっぱり寒いほうがいいと思うのです。
四季は四季らしく、メリハリがあったほうがいい。
冬の寒さの中にもやっぱりあるじゃないですか、
風情というか、にじみ出てくる感慨というものが。
こうもあったかいとなんだかぼんやりしちゃっていけない。
今日の日射しなんかはそれ通り越して唖然としちゃったよ。
町中には年越しムードが俄然高まっておりますが、
なんとも滑稽に思えてしまうのです。
今年も残すところあと4日。
頬を刺すような演出があったほうがいい。
そう思うのです。
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レンジから煙、フードに水、雷神
2006.12.26 雑記
大掃除の残りに着手する。
トイレと洗面台とアトリエが残っている。
ふと冷蔵庫の裏が気になってそこも掃除する。
冷蔵庫の上に置いているレンジを床において冷蔵庫を動かし、
裏を雑巾で拭いていると足下からモクモクと煙が立ちのぼる。
娘がわけのわからないレンジのボタンを押している。
慌ててコンセントを抜く僕。
意味がわからないが、娘は電化製品を壊すのが得意である。
完全にイカれたと思うも、なぜか無事であった。
あの煙は何だったんだ。
まぁそんなこんなでトイレと洗面台もピカピカに磨く。
常時散らかっているアトリエも整理整頓する。
我ながらびっくりするくらい片付いてしまう。
ちょっと外出していたかみさんが帰ってくる。
コートのフードに水がたまっている。
ものすごい嵐。
夜半には横殴りの雨にとうとう雷神様まで登場。
わが家はみんな雷が怖い。
家中のコンセントを抜く。
なんてことないけれど、なんだか変な一日。
コメント0トイレと洗面台とアトリエが残っている。
ふと冷蔵庫の裏が気になってそこも掃除する。
冷蔵庫の上に置いているレンジを床において冷蔵庫を動かし、
裏を雑巾で拭いていると足下からモクモクと煙が立ちのぼる。
娘がわけのわからないレンジのボタンを押している。
慌ててコンセントを抜く僕。
意味がわからないが、娘は電化製品を壊すのが得意である。
完全にイカれたと思うも、なぜか無事であった。
あの煙は何だったんだ。
まぁそんなこんなでトイレと洗面台もピカピカに磨く。
常時散らかっているアトリエも整理整頓する。
我ながらびっくりするくらい片付いてしまう。
ちょっと外出していたかみさんが帰ってくる。
コートのフードに水がたまっている。
ものすごい嵐。
夜半には横殴りの雨にとうとう雷神様まで登場。
わが家はみんな雷が怖い。
家中のコンセントを抜く。
なんてことないけれど、なんだか変な一日。
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クリスマスというけれど
2006.12.25 雑記
もし娘が20歳まで僕らのもとにいたとして、
それまで18年間はこんな感じで
クリスマスを過ごすことになるのだろうか。
そんなことをふと考える。
いや実際のところクリスマスにかける
家族のテンションというものは
そんなに長続きしないのだろうか。
だとしたらもっと短いということになる。
別にクリスマスに限ったことでもなければ、
時間の問題でもないわけであるけれども、
そういうことをつい考えてしまうということが
家族というものの儚さを物語っているのであります。
皆さんはどんなクリスマスを過ごされたでしょうか。
コメント0それまで18年間はこんな感じで
クリスマスを過ごすことになるのだろうか。
そんなことをふと考える。
いや実際のところクリスマスにかける
家族のテンションというものは
そんなに長続きしないのだろうか。
だとしたらもっと短いということになる。
別にクリスマスに限ったことでもなければ、
時間の問題でもないわけであるけれども、
そういうことをつい考えてしまうということが
家族というものの儚さを物語っているのであります。
皆さんはどんなクリスマスを過ごされたでしょうか。
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清しこの夜
2006.12.24 雑記
清しこの夜、星は光り、
そのあとはなんだっけ。
夜の空気がどこか澄んでいるように感じるのは、
たくさんの澄んだこころが夜の空気に溶けているからだと
そう思ってみたりするのだけれど、
ほんとうのところはわからない。
大切な誰かの事を思いやるのは
できれば毎日であるほうがいいけれど、
宗教がどうとかそんなことは関係なく、
いっせいのせで誰かに優しくしようとする夜が
世界を巡るというのはなんだか素敵だと
やっぱり思う。
清しこの夜。
世界が温かい夜を抱きしめますように。
コメント0そのあとはなんだっけ。
夜の空気がどこか澄んでいるように感じるのは、
たくさんの澄んだこころが夜の空気に溶けているからだと
そう思ってみたりするのだけれど、
ほんとうのところはわからない。
大切な誰かの事を思いやるのは
できれば毎日であるほうがいいけれど、
宗教がどうとかそんなことは関係なく、
いっせいのせで誰かに優しくしようとする夜が
世界を巡るというのはなんだか素敵だと
やっぱり思う。
清しこの夜。
世界が温かい夜を抱きしめますように。
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激励
2006.12.23 雑記
大学の友人がしばらく地方に転勤することになり、
激励会と相成った。
いつもたまり場となっている別の友人の家に集合。
久しぶりに会うメンツばかりで、懐かしい気持ちになる。
皆おのおのそれなりの仕事をしているらしい。
立派ですな。
終電で帰るつもりでいたが案の定、話に花が咲き、
気がついたらそんなものは逃していた。
結局お開きになったのは2時前頃だった。
車で来ていた友人に弟の家まで送ってもらうことに。
友人は酒を飲んでおり、その彼女が運転をするということ。
最近合宿で取ったばかりで今日が3回目らしい。
な、なんて事ないよ。
そんなこんなで無事送り届けてもらう。
途中コンビニでウイスキーとおでんを買う。
予想以上に散らかった弟の部屋で
ちびりちびりと寝酒を飲む。
紙コップにオンザロック。
味があっていいじゃありませんか。
あぁ友よ、また会おうぜよ!
コメント0激励会と相成った。
いつもたまり場となっている別の友人の家に集合。
久しぶりに会うメンツばかりで、懐かしい気持ちになる。
皆おのおのそれなりの仕事をしているらしい。
立派ですな。
終電で帰るつもりでいたが案の定、話に花が咲き、
気がついたらそんなものは逃していた。
結局お開きになったのは2時前頃だった。
車で来ていた友人に弟の家まで送ってもらうことに。
友人は酒を飲んでおり、その彼女が運転をするということ。
最近合宿で取ったばかりで今日が3回目らしい。
な、なんて事ないよ。
そんなこんなで無事送り届けてもらう。
途中コンビニでウイスキーとおでんを買う。
予想以上に散らかった弟の部屋で
ちびりちびりと寝酒を飲む。
紙コップにオンザロック。
味があっていいじゃありませんか。
あぁ友よ、また会おうぜよ!
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黄金コンビ
2006.12.22 雑記
世の中には黄金コンビというものが確かに存在するのです。
牛乳とカステラ。
岬君と翼君。
バナナとチョコレート。
伊東四郎と小松政夫。
挙げたらきりがないわけですが、
今回ご紹介するのは「豚バラと白菜」であります。
わが家では「バター鍋」と呼んでいる鍋料理があります。
材料は豚バラと白菜。
豚バラと白菜をミルフィーユのように交互に層にして
鍋の中に敷き詰めます。
最後にバターを並べて日本酒を少々。
あとは火にかけるだけであります。
ひと煮立ちしたらかき混ぜて、
ポン酢でいただきます。
皆さん騙されたと思って一度お試しあれ。
これがしこたまにウマイ!
豚は国産のものをオススメします。
できればちょっといい肉がよいですね。
香りが違います。
あーまた食べたくなった。
コメント0牛乳とカステラ。
岬君と翼君。
バナナとチョコレート。
伊東四郎と小松政夫。
挙げたらきりがないわけですが、
今回ご紹介するのは「豚バラと白菜」であります。
わが家では「バター鍋」と呼んでいる鍋料理があります。
材料は豚バラと白菜。
豚バラと白菜をミルフィーユのように交互に層にして
鍋の中に敷き詰めます。
最後にバターを並べて日本酒を少々。
あとは火にかけるだけであります。
ひと煮立ちしたらかき混ぜて、
ポン酢でいただきます。
皆さん騙されたと思って一度お試しあれ。
これがしこたまにウマイ!
豚は国産のものをオススメします。
できればちょっといい肉がよいですね。
香りが違います。
あーまた食べたくなった。
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大掃除・2
2006.12.21 雑記
二日目。
8時に起きる!と散々気張るも、結局10時起床。
情けない。
まずは風呂に取り掛かる。
天井にうっすらとピンク色の水彩絵の具、
であるはずはなく、やはりカビ。
しかしこの水カビってやつ、
なんともまあ品のあるピンク色をしております。
人にとって必要か不必要かという尺度など
まったく寄せつけない生命の美しさであります。
そのカビを落とす。
天井の掃除ってやつはなんともしんどい。
首と腕がものすごくしんどい。息があがる。
天井のカビを泡ぶくのスポンジで落としながら
中世の画家を忍ぶのであります。
あぁミケランジェロよ。
風呂を徹底的に磨く。
わが家の風呂はまったくおんぼろで、
いわゆるバランス釜ってやつなのです。
風呂釜をどかして底を洗いたいと思うも、断念。
そうこうしているうちに1時間以上経過する。
買い出しがあったため外出。
結局それ以外は後日に持ち越しとなった。
年内には終わるよ。大掃除なんだもの。
コメント08時に起きる!と散々気張るも、結局10時起床。
情けない。
まずは風呂に取り掛かる。
天井にうっすらとピンク色の水彩絵の具、
であるはずはなく、やはりカビ。
しかしこの水カビってやつ、
なんともまあ品のあるピンク色をしております。
人にとって必要か不必要かという尺度など
まったく寄せつけない生命の美しさであります。
そのカビを落とす。
天井の掃除ってやつはなんともしんどい。
首と腕がものすごくしんどい。息があがる。
天井のカビを泡ぶくのスポンジで落としながら
中世の画家を忍ぶのであります。
あぁミケランジェロよ。
風呂を徹底的に磨く。
わが家の風呂はまったくおんぼろで、
いわゆるバランス釜ってやつなのです。
風呂釜をどかして底を洗いたいと思うも、断念。
そうこうしているうちに1時間以上経過する。
買い出しがあったため外出。
結局それ以外は後日に持ち越しとなった。
年内には終わるよ。大掃除なんだもの。
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大掃除
2006.12.20 雑記
大掃除初日。
僕の担当はベランダと庭と風呂とトイレと洗面台と
自分のアトリエ。
早起きするつもりが結局寝坊し、
昼頃からぼちぼち始める。
年の瀬までやっぱりこの調子である。
ベランダに面したリビングの窓ガラスを拭く。
そしてベランダと庭の掃除。
徹底的に隅々まで掃除する。
これで今日は暮れてしまった。
残りは明日に持ち越し。
掃除は好きではないけれど大掃除は好き。
そんな気持ちわかるでしょ?
コメント0僕の担当はベランダと庭と風呂とトイレと洗面台と
自分のアトリエ。
早起きするつもりが結局寝坊し、
昼頃からぼちぼち始める。
年の瀬までやっぱりこの調子である。
ベランダに面したリビングの窓ガラスを拭く。
そしてベランダと庭の掃除。
徹底的に隅々まで掃除する。
これで今日は暮れてしまった。
残りは明日に持ち越し。
掃除は好きではないけれど大掃除は好き。
そんな気持ちわかるでしょ?
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重いコート
2006.12.19 雑記
なんだか今日はえらく寒かったですね。
ただでさえぐうたらなのに、こうも寒くては
朝まったく起きられません。
ごめんなさい。
この冬は「06 AUTUMN」で発表したコート(サンプル)を
愛用しています。
素材はコットンなのですが、生地が分厚く、
非常に重量感あるコートなので思った以上にあったかいです。
オーガニックコットンは繊維にたくさんの空気含んでいるため
保温性が高いという話は聞いていましたが、予想以上でした。
また、ざっくりと織られた生地なので、
イイ感じに使用感が出て、早くも体に馴染んできました。
まったく自画自賛ですが、すっかりお気に入りであります。
ただ、かなり重量感があるため、
重いコートは肩が凝るという方にはあまりオススメできませんね。
羽織ってしまえば肩にはまって重さは気にならないのですが、
今主流の軽くて暖かいコートとは真逆のタイプです。
どちらかというと、軍モノのヘビーでクラシックなコートの
印象に近いです。
僕みたいにそういうどっしりしたコートが好きな方には
気に入っていただけると思うんですけれどね。
生地も残りが少なくなってきました。
この冬をひと味違ったアイテムで乗り切りたいという方。
こんなコートはいかがでしょうか。
なんつって。
コメント0ただでさえぐうたらなのに、こうも寒くては
朝まったく起きられません。
ごめんなさい。
この冬は「06 AUTUMN」で発表したコート(サンプル)を
愛用しています。
素材はコットンなのですが、生地が分厚く、
非常に重量感あるコートなので思った以上にあったかいです。
オーガニックコットンは繊維にたくさんの空気含んでいるため
保温性が高いという話は聞いていましたが、予想以上でした。
また、ざっくりと織られた生地なので、
イイ感じに使用感が出て、早くも体に馴染んできました。
まったく自画自賛ですが、すっかりお気に入りであります。
ただ、かなり重量感があるため、
重いコートは肩が凝るという方にはあまりオススメできませんね。
羽織ってしまえば肩にはまって重さは気にならないのですが、
今主流の軽くて暖かいコートとは真逆のタイプです。
どちらかというと、軍モノのヘビーでクラシックなコートの
印象に近いです。
僕みたいにそういうどっしりしたコートが好きな方には
気に入っていただけると思うんですけれどね。
生地も残りが少なくなってきました。
この冬をひと味違ったアイテムで乗り切りたいという方。
こんなコートはいかがでしょうか。
なんつって。
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MONTECRISTO ROBUSTO EDICION LIMITADA 2006
2006.12.18 雑記
久々のオススメシガー。
今回は「MONTECRISTO ROBUSTO EDICION LIMITADA 2006」。
2006年のキューバリミテッドのひとつ。
1999年に一度発売されているので、
復刻?と言えばいいのでしょうか。
吸い始めは割とマイルドな印象。
しかしすぐにMONTECRISTO特有の荒々しさが顔を出す。
力強さ、土の香り、濃厚なコクと甘味。フルボディー。
まさに「THE MONTECRISTO」と呼ぶにふさわしい一本。
燃焼、ドローともに良好。
1999年のものもとても評判が良かったらしいのですが、
残念ながらそちらは試したことがないため、
比較はできませんが、こちらもなかなか良い味でした。
正直MONTECRISTOはあまり好きな銘柄ではないのですが、
これは良かったです。
お試しあれ。
「MONTECRISTO ROBUSTO EDICION LIMITADA 2006」
CUBA/45min/2,500yen
コメント0今回は「MONTECRISTO ROBUSTO EDICION LIMITADA 2006」。
2006年のキューバリミテッドのひとつ。
1999年に一度発売されているので、
復刻?と言えばいいのでしょうか。
吸い始めは割とマイルドな印象。
しかしすぐにMONTECRISTO特有の荒々しさが顔を出す。
力強さ、土の香り、濃厚なコクと甘味。フルボディー。
まさに「THE MONTECRISTO」と呼ぶにふさわしい一本。
燃焼、ドローともに良好。
1999年のものもとても評判が良かったらしいのですが、
残念ながらそちらは試したことがないため、
比較はできませんが、こちらもなかなか良い味でした。
正直MONTECRISTOはあまり好きな銘柄ではないのですが、
これは良かったです。
お試しあれ。
「MONTECRISTO ROBUSTO EDICION LIMITADA 2006」
CUBA/45min/2,500yen
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無題
2006.12.17 雑記
絶望をしたためてみる大根のその断面に油性マジックで
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2年目かよ
2006.12.16 雑記
あ、2年目突入。
そうね、2年目はね、もう少し肩の力を抜いてというか、
これまで以上にどんどん思いつきで書いていこうかと。
もっともっとくだらないことを。うん。
たまにはのぞいてみてください。
どうぞよろしく。
コメント0そうね、2年目はね、もう少し肩の力を抜いてというか、
これまで以上にどんどん思いつきで書いていこうかと。
もっともっとくだらないことを。うん。
たまにはのぞいてみてください。
どうぞよろしく。
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せっかち
2006.12.15 雑記
せっかちなわが家は、クリスマスが待てずに、
早くもプレゼント交換をしてしまう。
そんな塩梅なのです。
僕がかみさんに贈ったのは、
巷で噂の(!?)Fashy社の湯たんぽ。
かみさんが僕にくれたのは、MUJIのCDプレイヤー。
僕達がむすめに贈ったのは、MUJIの三輪車。
いずれも互いに大満足でありました。
湯たんぽは冷え性のかみさんの夜のお供となり、
プレイヤーは僕のアトリエに再び音楽を届け、
むすめはまたがったまま、テレビを見たり、
パンをかじったりするのです。
クリスチャンでもない僕らにとって、
クリスマスというものは所詮プレゼント交換会なのであります。
それでいいのかと問われれば、いいんじゃない?と答えます。
まぁとにかく贈り物ってステキだと思うんよ、やっぱり。
コメント0早くもプレゼント交換をしてしまう。
そんな塩梅なのです。
僕がかみさんに贈ったのは、
巷で噂の(!?)Fashy社の湯たんぽ。
かみさんが僕にくれたのは、MUJIのCDプレイヤー。
僕達がむすめに贈ったのは、MUJIの三輪車。
いずれも互いに大満足でありました。
湯たんぽは冷え性のかみさんの夜のお供となり、
プレイヤーは僕のアトリエに再び音楽を届け、
むすめはまたがったまま、テレビを見たり、
パンをかじったりするのです。
クリスチャンでもない僕らにとって、
クリスマスというものは所詮プレゼント交換会なのであります。
それでいいのかと問われれば、いいんじゃない?と答えます。
まぁとにかく贈り物ってステキだと思うんよ、やっぱり。
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肩書き、その他
2006.12.14 雑記
僕の短いモノづくりキャリアを思い返してみると、
ファッションというものに圧倒的なパワーと
無限の可能性を感じていた時期が確かにあった。
ファンションというものを強引にカテゴライズして、
そのなかで各分野のクリエーションの有機的関係性が
新鮮な手法で成り立つのではないかと
そう信じていた時期があった。
それが幻想であったかどうか未だ判然としないが、
そんなモノづくりの手法に、ある日すっかり醒めてしまった。
今思い返すと、手法というものに逆に捕らわれて、
逃げ場を失っていたように思う。
あの頃の僕達は足りないものだらけで、
そして何もかもを手にしていた。
だからそれはつまり、僕達の青春でそして挫折だった。
そんなことをぼんやりと思い返してしまう。
ファッションというものは衣服を軸にした一種の現象である。
そしてそれは社会そのものをデコラティブに表現してみせる。
ファッションの求心力はそこに由来するところが大きい。
「Music is dead」という有名な文句に倣って、
「Fashion is dead」というコレクションを発表した
デザイナーがかつていた。
仮にそれが示唆に富んだ鋭い指摘であったとするならば、
それは現代というものに対する「死」の宣告であったと言っていい。
衣服論が語られる時、これまでの主たる視点は
身体、或いはサーフェイスという概念を軸とした
個における心理作用と、共同体におけるコミュニケーション作用
というものに主題を置いていたように思う。
それはファッションに確かな鮮度ときらめき、
そしてそれを可能とする意義を与え続けてきた。
大した過去というものを知らないけれど、
現代というものはどうも「行き過ぎ」てしまっているようだ。
それは自由主義、民主主義、市場主義の負の側面であるけれど、
そういう世の中に誰もがいいかげんうんざりしてると思う。
ファッションというものをそのまま現代と置き換えてしまうことは
もちろん乱暴なことであるけれども、
例えばそのいち側面としてのファッションというものを考えた時に、
そのなかに閉じ込められている衣服をどう扱ってゆけばいいのか。
やっぱり僕にはそういうことが重要な主題となってくるわけです。
僕は思う。
衣服に本当の、本来の自由を取り戻したい。
衣服というものが自由であるために、
ファッションという幻想から自由であるために、
もうこれ以上衣服を邪険に扱うべきではない。
そんなことを考えてしまう。
衣服とは生活に根ざした慎ましやかな道具だと思う。
その佇まいこそが衣服の自由な姿だと思う。
少なくとも僕は、そんな衣服をつくりたい。
そして僕の体はそんな衣服を他の誰かに届けるための
ファクターでありたい。
そう考えると、僕がつくろうとしているものは
衣服ではあってもファッションではなく、
僕自身は服づくりの人ではあっても、
ファッションデザイナーではないわけで。
そうですね、肩書きを申し上げるとすれば、
「higomokkosu SHIRT店主」でしょうか。
老舗のバーや喫茶店の寡黙なマスター。
そんなイメージがいいなぁ。なんて。
コメント0ファッションというものに圧倒的なパワーと
無限の可能性を感じていた時期が確かにあった。
ファンションというものを強引にカテゴライズして、
そのなかで各分野のクリエーションの有機的関係性が
新鮮な手法で成り立つのではないかと
そう信じていた時期があった。
それが幻想であったかどうか未だ判然としないが、
そんなモノづくりの手法に、ある日すっかり醒めてしまった。
今思い返すと、手法というものに逆に捕らわれて、
逃げ場を失っていたように思う。
あの頃の僕達は足りないものだらけで、
そして何もかもを手にしていた。
だからそれはつまり、僕達の青春でそして挫折だった。
そんなことをぼんやりと思い返してしまう。
ファッションというものは衣服を軸にした一種の現象である。
そしてそれは社会そのものをデコラティブに表現してみせる。
ファッションの求心力はそこに由来するところが大きい。
「Music is dead」という有名な文句に倣って、
「Fashion is dead」というコレクションを発表した
デザイナーがかつていた。
仮にそれが示唆に富んだ鋭い指摘であったとするならば、
それは現代というものに対する「死」の宣告であったと言っていい。
衣服論が語られる時、これまでの主たる視点は
身体、或いはサーフェイスという概念を軸とした
個における心理作用と、共同体におけるコミュニケーション作用
というものに主題を置いていたように思う。
それはファッションに確かな鮮度ときらめき、
そしてそれを可能とする意義を与え続けてきた。
大した過去というものを知らないけれど、
現代というものはどうも「行き過ぎ」てしまっているようだ。
それは自由主義、民主主義、市場主義の負の側面であるけれど、
そういう世の中に誰もがいいかげんうんざりしてると思う。
ファッションというものをそのまま現代と置き換えてしまうことは
もちろん乱暴なことであるけれども、
例えばそのいち側面としてのファッションというものを考えた時に、
そのなかに閉じ込められている衣服をどう扱ってゆけばいいのか。
やっぱり僕にはそういうことが重要な主題となってくるわけです。
僕は思う。
衣服に本当の、本来の自由を取り戻したい。
衣服というものが自由であるために、
ファッションという幻想から自由であるために、
もうこれ以上衣服を邪険に扱うべきではない。
そんなことを考えてしまう。
衣服とは生活に根ざした慎ましやかな道具だと思う。
その佇まいこそが衣服の自由な姿だと思う。
少なくとも僕は、そんな衣服をつくりたい。
そして僕の体はそんな衣服を他の誰かに届けるための
ファクターでありたい。
そう考えると、僕がつくろうとしているものは
衣服ではあってもファッションではなく、
僕自身は服づくりの人ではあっても、
ファッションデザイナーではないわけで。
そうですね、肩書きを申し上げるとすれば、
「higomokkosu SHIRT店主」でしょうか。
老舗のバーや喫茶店の寡黙なマスター。
そんなイメージがいいなぁ。なんて。
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灰色の会議
2006.12.13 雑記
灰色の人間と、色とりどりのモノが溢れる世の中を、
僕達は彷徨っているのではないでしょうか。
人間が灰色であることは構わないのだけれど、
それに目隠しをするような、それから目を背けるような、
そんな狂気のお祭りはもううんざりなのです。
灰色の会議を開きましょう。
赤いジャケットを脱いで、
青いズボンも脱いで、
黄色の靴も脱いで、
紫の帽子も脱いで、
緑色のサングラスも外して。
灰色の会議を開きましょう。
まずは僕達の灰色について話をしようじゃありませんか。
灰色の尊さと、茜や藍や橙の本当の美しさについて。
「やあ、ステキな灰色の瞳ですね」
「真紅のルビーがよくお似合いですね」
コメント0僕達は彷徨っているのではないでしょうか。
人間が灰色であることは構わないのだけれど、
それに目隠しをするような、それから目を背けるような、
そんな狂気のお祭りはもううんざりなのです。
灰色の会議を開きましょう。
赤いジャケットを脱いで、
青いズボンも脱いで、
黄色の靴も脱いで、
紫の帽子も脱いで、
緑色のサングラスも外して。
灰色の会議を開きましょう。
まずは僕達の灰色について話をしようじゃありませんか。
灰色の尊さと、茜や藍や橙の本当の美しさについて。
「やあ、ステキな灰色の瞳ですね」
「真紅のルビーがよくお似合いですね」
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違和感について
2006.12.12 雑記
気が付くか付かないかは別として、
その度合いが大きいか小さいかは別として、
何につけても違和感っつーものはつきまとうわけです。
何が違うのか言葉にできないけれど
なんとなく腑に落ちないという感覚。
肌にあわないとか、生理的に受け付けないとかいうのと同様、
肉体の拒絶反応に近い。
一種の防衛本能、或いは霊的な反応と言ってしまうと
言い過ぎだろうか。
しかしこの違和感ってやつ。
よくよく考えてみると、別に他人の言葉や振る舞いだけに
感応しているものではないということ。
何が言いたいのかというと、
その対象には自分自身というものも
往々にして含まれていやしないか、ということ。
他者というものの存在を知るということが、
自己の中にその他者というイメージを構築するということであるなら
自己における完全な他者というものは存在し得ない。
それと同様に、
自己というものの存在を知るということが、
自己の中におけるその自己というイメージを構築することであるなら
自己における完全な自己というものは存在し得ない。
ということが言えはしないだろうか。
そう考えると、自己というものは自分自身からもっとも遠い存在である
ということになってしまう。
そして僕達はそのことにあまりにも無自覚なのではないか。
違和感というものはえてしてコミュニケーションの障壁になる。
ストレスの源泉になりうる。
それならば無いにこしたことはないのか。
違和感というものは不信感や敵意というものに
安易に変換されがちであると判断されてから、
社会生活というものは違和感というものを
こころの奥にしまっておくということが
暗黙のルールになっている。
世渡り上手な人間と不器用な人間の差というものは
そこにある。
つまり、社会そのものが違和感をしまっておくことができる人間を
必要としていると言える。
それがあたりまえの世の中に生きているとどうなるのか。
違和感を感じている自分に無自覚な人間ばかりになってしまうのではないか。
これは大変に問題であるように思う。
抑圧された違和感は行き着くところその肉体と精神を分離してしまう。
現代というものの病巣の根源のひとつはそこらあたりにも
あるんではないのだろうか、そう思ってしまう。
そしてそれは個人の中だけの出来事ではなく、
社会という共同体全体の中で起きている事でもある。
それは世界中の不幸の原因のひとつであるように思える。
では、あらゆるものに対する違和感に自覚的であるという態度は
一体どういうものなのか。
それは自己における他者性を享受することを条件にしながら、
他者と向き合うということ。
つまりそれは真の意味での平和主義と言えやしないだろうか。
そんなことを思ってしまう。
難しすぎて頭から煙りが出てしまいそう。
うぅ。
コメント0その度合いが大きいか小さいかは別として、
何につけても違和感っつーものはつきまとうわけです。
何が違うのか言葉にできないけれど
なんとなく腑に落ちないという感覚。
肌にあわないとか、生理的に受け付けないとかいうのと同様、
肉体の拒絶反応に近い。
一種の防衛本能、或いは霊的な反応と言ってしまうと
言い過ぎだろうか。
しかしこの違和感ってやつ。
よくよく考えてみると、別に他人の言葉や振る舞いだけに
感応しているものではないということ。
何が言いたいのかというと、
その対象には自分自身というものも
往々にして含まれていやしないか、ということ。
他者というものの存在を知るということが、
自己の中にその他者というイメージを構築するということであるなら
自己における完全な他者というものは存在し得ない。
それと同様に、
自己というものの存在を知るということが、
自己の中におけるその自己というイメージを構築することであるなら
自己における完全な自己というものは存在し得ない。
ということが言えはしないだろうか。
そう考えると、自己というものは自分自身からもっとも遠い存在である
ということになってしまう。
そして僕達はそのことにあまりにも無自覚なのではないか。
違和感というものはえてしてコミュニケーションの障壁になる。
ストレスの源泉になりうる。
それならば無いにこしたことはないのか。
違和感というものは不信感や敵意というものに
安易に変換されがちであると判断されてから、
社会生活というものは違和感というものを
こころの奥にしまっておくということが
暗黙のルールになっている。
世渡り上手な人間と不器用な人間の差というものは
そこにある。
つまり、社会そのものが違和感をしまっておくことができる人間を
必要としていると言える。
それがあたりまえの世の中に生きているとどうなるのか。
違和感を感じている自分に無自覚な人間ばかりになってしまうのではないか。
これは大変に問題であるように思う。
抑圧された違和感は行き着くところその肉体と精神を分離してしまう。
現代というものの病巣の根源のひとつはそこらあたりにも
あるんではないのだろうか、そう思ってしまう。
そしてそれは個人の中だけの出来事ではなく、
社会という共同体全体の中で起きている事でもある。
それは世界中の不幸の原因のひとつであるように思える。
では、あらゆるものに対する違和感に自覚的であるという態度は
一体どういうものなのか。
それは自己における他者性を享受することを条件にしながら、
他者と向き合うということ。
つまりそれは真の意味での平和主義と言えやしないだろうか。
そんなことを思ってしまう。
難しすぎて頭から煙りが出てしまいそう。
うぅ。
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メンテナンス
2006.12.11 雑記
先日のパトカーとの接触事故で壊れてしまった
マウンテンバイクのメンテナンスが完了した。
ブレーキ、グリップ、サドル、ワイヤー各種の取り替え、
その他もろもろのメンテナンスで1万7千円ほどかかった。
本当はサスにも大きな傷が付いたので変えたいとも思ったのだが、
そこは目をつむることにした。
すでに保険会社との話し合いを始めており、
入院費はもちろん、その他修繕費も保証してくれるとのこと。
まあ当然であるのかしら。
学生時代に実家の熊本に自転車で帰った時に買ったものなので、
かれこれ8年ほどのおつきあいになる。
最近はさすがに調子がよくなかったのだが、
思わぬところでリフレッシュすることができた。
メンテナンスを依頼した自転車屋の腕が良く、
すこぶる調子が良い。
やはりたまにはメンテナンスしてあげなければいけないのだと
痛感する。
熊本まで運んでくれた信頼できる相棒なので、
これからも長いおつきあいができればいいなと思っている。
コメント0マウンテンバイクのメンテナンスが完了した。
ブレーキ、グリップ、サドル、ワイヤー各種の取り替え、
その他もろもろのメンテナンスで1万7千円ほどかかった。
本当はサスにも大きな傷が付いたので変えたいとも思ったのだが、
そこは目をつむることにした。
すでに保険会社との話し合いを始めており、
入院費はもちろん、その他修繕費も保証してくれるとのこと。
まあ当然であるのかしら。
学生時代に実家の熊本に自転車で帰った時に買ったものなので、
かれこれ8年ほどのおつきあいになる。
最近はさすがに調子がよくなかったのだが、
思わぬところでリフレッシュすることができた。
メンテナンスを依頼した自転車屋の腕が良く、
すこぶる調子が良い。
やはりたまにはメンテナンスしてあげなければいけないのだと
痛感する。
熊本まで運んでくれた信頼できる相棒なので、
これからも長いおつきあいができればいいなと思っている。
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10日か・・・
2006.12.10 雑記
ボーッとしていたらもう10日である。
母なる大地の自転速度が年の瀬に向かって
急速に増している。
やらねばならぬことばかりが目につくが、
まったく計画が立てられない。
早急に手をつけなければならないのは年賀状である。
季節のご挨拶は大切である。
来年は亥年であるらしい。
歴史的記録によると、うまれてから2度ほど
イノシシの背中に乗っていることになるが、
まったく記憶にない。
6才と、18才の時であるはずなのだが。
運の悪いことにプリンターが故障しているため、
今年はかなりアナログなものになりそうである。
いよいよイモ判か・・・と思うも、やっぱり尻があがらない。
大丈夫なのか。
コメント0母なる大地の自転速度が年の瀬に向かって
急速に増している。
やらねばならぬことばかりが目につくが、
まったく計画が立てられない。
早急に手をつけなければならないのは年賀状である。
季節のご挨拶は大切である。
来年は亥年であるらしい。
歴史的記録によると、うまれてから2度ほど
イノシシの背中に乗っていることになるが、
まったく記憶にない。
6才と、18才の時であるはずなのだが。
運の悪いことにプリンターが故障しているため、
今年はかなりアナログなものになりそうである。
いよいよイモ判か・・・と思うも、やっぱり尻があがらない。
大丈夫なのか。
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早いもん勝ち
2006.12.09 雑記
お年頃である。
僕のまわりの男友達も、身を固める連中が増えてきた。
身を固めるなんていう言い方は
なかなかに味わい深い表現である。
固めるという言葉の裏には固まる、或いは固められる
というなんともいえない哀愁がある。
なぜ哀愁があるのかというと、
固めるという硬い印象の言葉とはウラハラに、
どこか砕けてしまった、柔らかで穏やかな心象が見え隠れするからだ。
これは男だけに限ったものではないと思う。
そしてそれは現代の若者(でもないが)の
結婚観というものを見事に言い当てている。
そんなことは現代に限ったことではないのかもしれない。
けれど、自由結婚があたりまえで、
なおかつ結婚というものが人生にとって
必須のものではない現代では
とりわけ際立った表現であるように思えるのだ。
別に結婚は墓場だなどとは思わないのであるけれども。
日本の人口が減っているらしい。
少子化というやつである。
これは単純に出世率が低下しているからであるけれども、
同時に結婚率の低下でもある。
以前は結婚したくない男と、結婚したい女というのが
お決まりであったが、
今はそれに加え、結婚したい男と、結婚したくない女。
そんな世の中であるらしい。
よく結婚は勢いだ!とか言うけれど、
よくよく聞くと凄い言葉だ。
家の扉を勢い良く開け放ち、
未知の暗闇の中へ飛び出すかのごとき迫力がある。
それはそれは恐ろしいイメージだ。
よほど勇気のある人間でなければできそうもない。
僕なんかは甲斐性もなければ心意気もない男なのだけれども、
残念ながら無鉄砲なタチであるので、
そういうイメージさえ持てないまま結婚してしまった。
けれどそれでいいのだと思っている。
これは漠然とであるけれども、未知の世界というものに対する
防衛本能と好奇心のバランスの問題である気がするのだ。
先ほど未知の暗闇と書いたけれども、
果たして暗闇というものをどう捉えるのか。
例えばそれを不安、責任、束縛、という負のイメージ
だとすると、それはどこからやってくるのか。
僕達はそれを簡単に社会のせいにしてしまいがちだけれども、
必ずしもそうだとは言い切れないのだと思う。
先日呼んだ本の中で内田樹氏が指摘しておられたけれど、
現代人というものは自己実現或いは自分探しという呪縛に
完全に捕らわれている。
家庭や子供というものをその障壁としか捉えられない。
これは市場至上主義という戦後僕達の社会が掲げてきた理想の
成れの果てである。
残念ながらこの指摘はかなり深いところを言い当てていると
僕も思う。
そういった呪縛から自由になるためにはどうすればいいのか。
そんなことは当然わからないのだけれど、ふと僕には
「尽きせぬ自由はがんじがらめの不自由さの中にある」
なんていうフレーズがメロディーに乗って頭をよぎってしまうのだ。
これは非常にポジティブでアクティブなフレーズだと思う。
無論、長渕剛である。嗚呼。
しかし諸君。
たかが結婚なんていうものにビビってはいかんよ。
大したことない己の人生を何かに賭けるということに
ビビってはいかんよ。
例え何かにいきずまったら是が非でもしがみついて、
それでも振り落とされたなら「馬鹿野郎!知ったこっちゃねえ!」と
そう叫べばよいのだ。
その程度のことではないか。
そう自分を奮い立たせるのだが、
そんなヤツ等ばっかりの世の中はやっぱり嫌だ。
早いもん勝ちですよ皆さん。
コメント0僕のまわりの男友達も、身を固める連中が増えてきた。
身を固めるなんていう言い方は
なかなかに味わい深い表現である。
固めるという言葉の裏には固まる、或いは固められる
というなんともいえない哀愁がある。
なぜ哀愁があるのかというと、
固めるという硬い印象の言葉とはウラハラに、
どこか砕けてしまった、柔らかで穏やかな心象が見え隠れするからだ。
これは男だけに限ったものではないと思う。
そしてそれは現代の若者(でもないが)の
結婚観というものを見事に言い当てている。
そんなことは現代に限ったことではないのかもしれない。
けれど、自由結婚があたりまえで、
なおかつ結婚というものが人生にとって
必須のものではない現代では
とりわけ際立った表現であるように思えるのだ。
別に結婚は墓場だなどとは思わないのであるけれども。
日本の人口が減っているらしい。
少子化というやつである。
これは単純に出世率が低下しているからであるけれども、
同時に結婚率の低下でもある。
以前は結婚したくない男と、結婚したい女というのが
お決まりであったが、
今はそれに加え、結婚したい男と、結婚したくない女。
そんな世の中であるらしい。
よく結婚は勢いだ!とか言うけれど、
よくよく聞くと凄い言葉だ。
家の扉を勢い良く開け放ち、
未知の暗闇の中へ飛び出すかのごとき迫力がある。
それはそれは恐ろしいイメージだ。
よほど勇気のある人間でなければできそうもない。
僕なんかは甲斐性もなければ心意気もない男なのだけれども、
残念ながら無鉄砲なタチであるので、
そういうイメージさえ持てないまま結婚してしまった。
けれどそれでいいのだと思っている。
これは漠然とであるけれども、未知の世界というものに対する
防衛本能と好奇心のバランスの問題である気がするのだ。
先ほど未知の暗闇と書いたけれども、
果たして暗闇というものをどう捉えるのか。
例えばそれを不安、責任、束縛、という負のイメージ
だとすると、それはどこからやってくるのか。
僕達はそれを簡単に社会のせいにしてしまいがちだけれども、
必ずしもそうだとは言い切れないのだと思う。
先日呼んだ本の中で内田樹氏が指摘しておられたけれど、
現代人というものは自己実現或いは自分探しという呪縛に
完全に捕らわれている。
家庭や子供というものをその障壁としか捉えられない。
これは市場至上主義という戦後僕達の社会が掲げてきた理想の
成れの果てである。
残念ながらこの指摘はかなり深いところを言い当てていると
僕も思う。
そういった呪縛から自由になるためにはどうすればいいのか。
そんなことは当然わからないのだけれど、ふと僕には
「尽きせぬ自由はがんじがらめの不自由さの中にある」
なんていうフレーズがメロディーに乗って頭をよぎってしまうのだ。
これは非常にポジティブでアクティブなフレーズだと思う。
無論、長渕剛である。嗚呼。
しかし諸君。
たかが結婚なんていうものにビビってはいかんよ。
大したことない己の人生を何かに賭けるということに
ビビってはいかんよ。
例え何かにいきずまったら是が非でもしがみついて、
それでも振り落とされたなら「馬鹿野郎!知ったこっちゃねえ!」と
そう叫べばよいのだ。
その程度のことではないか。
そう自分を奮い立たせるのだが、
そんなヤツ等ばっかりの世の中はやっぱり嫌だ。
早いもん勝ちですよ皆さん。
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豆乳鍋が攻めてきた
2006.12.08 雑記
わが家は無類の鍋好き一家である。
この冬も(冬に限ったことではないが)すでに
10回以上を数える。
3人で山盛りの鍋をぺろりとたいらげ、
水炊きならうどんで、チゲならラーメンで締める
といった具合だ。
そんなわが家にこの冬とうとう豆乳鍋が登場した。
まずは湯葉をワサビ醤油などでいただく。
こういうものがだんだん好きになるから不思議。
ちょっと焦らされる感じも大人な感じ。(変?)
ひと通り楽しんだら具材を投入。
定番の白菜やキノコ類に加え、牡蠣を入れる。
野と海のミルク鍋といった風情だ。
おろしポン酢と胡麻ダレの2種類を用意し、
交互にいただく。
実にウマイ!!
ネギたっぷりのおろしポン酢もいいが、
胡麻ダレが新鮮でなかなかによろしいのである。
こってりとした濃厚な味わいでありながら、
ヘルシーであるというのも嬉しいじゃありませんか。
そういうわけで、完全にわが家の鍋メニューに加わることとなった。
皆さんお越しになりませんか?
コメント0この冬も(冬に限ったことではないが)すでに
10回以上を数える。
3人で山盛りの鍋をぺろりとたいらげ、
水炊きならうどんで、チゲならラーメンで締める
といった具合だ。
そんなわが家にこの冬とうとう豆乳鍋が登場した。
まずは湯葉をワサビ醤油などでいただく。
こういうものがだんだん好きになるから不思議。
ちょっと焦らされる感じも大人な感じ。(変?)
ひと通り楽しんだら具材を投入。
定番の白菜やキノコ類に加え、牡蠣を入れる。
野と海のミルク鍋といった風情だ。
おろしポン酢と胡麻ダレの2種類を用意し、
交互にいただく。
実にウマイ!!
ネギたっぷりのおろしポン酢もいいが、
胡麻ダレが新鮮でなかなかによろしいのである。
こってりとした濃厚な味わいでありながら、
ヘルシーであるというのも嬉しいじゃありませんか。
そういうわけで、完全にわが家の鍋メニューに加わることとなった。
皆さんお越しになりませんか?
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(本音)
2006.12.07 雑記
過去に書いたものを読み返してみると、
まあ色んなことを好き勝手に言ってますね。
このブログも。
改めて読んでみると、
我ながらそうじゃねえだろと思う部分もしばしばですが、
それもまた確かに僕の一部であったということは
否定できません。
思いつきで書き始めたり、
書きながら考えていったり、
結局まとまらなかったり、
常套句に収まってしまったり、
そういうことが多いわけですが、
それでも思考停止に陥るよりはマシだ、と
思っているのです。
それが正しいのかどうかはわかりませんが、
漠然とそう感じています。
それはある意味無責任で露出趣味のようでもありますが、
そこはご勘弁願いたい。
そんな癖はございません。
ひとつには、モノづくりをしている僕という
人間の素性というものを感じ取るための手助けと
していただければと思っています。
こういうことをいうと傲慢だと思われるかもしれませんが、
僕がhigomokkosu SHIRTに込めた重要なコンセプトは
作り手と使い手の関係性や距離の見直しという点です。
このブログを読んで、こういうヤツが作っているんだと
イメージしていただければありがたいです。
そして、願わくばシャツを買っていただき(本音)
そのシャツを通して対話やおつきあいが始まれば最高だと、
そう思っているのです。
そんなこんなでこれからもだらだらと続けてまいります。
どうぞ末永くおつきあいくださいませ。
コメント0まあ色んなことを好き勝手に言ってますね。
このブログも。
改めて読んでみると、
我ながらそうじゃねえだろと思う部分もしばしばですが、
それもまた確かに僕の一部であったということは
否定できません。
思いつきで書き始めたり、
書きながら考えていったり、
結局まとまらなかったり、
常套句に収まってしまったり、
そういうことが多いわけですが、
それでも思考停止に陥るよりはマシだ、と
思っているのです。
それが正しいのかどうかはわかりませんが、
漠然とそう感じています。
それはある意味無責任で露出趣味のようでもありますが、
そこはご勘弁願いたい。
そんな癖はございません。
ひとつには、モノづくりをしている僕という
人間の素性というものを感じ取るための手助けと
していただければと思っています。
こういうことをいうと傲慢だと思われるかもしれませんが、
僕がhigomokkosu SHIRTに込めた重要なコンセプトは
作り手と使い手の関係性や距離の見直しという点です。
このブログを読んで、こういうヤツが作っているんだと
イメージしていただければありがたいです。
そして、願わくばシャツを買っていただき(本音)
そのシャツを通して対話やおつきあいが始まれば最高だと、
そう思っているのです。
そんなこんなでこれからもだらだらと続けてまいります。
どうぞ末永くおつきあいくださいませ。
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取材
2006.12.06 雑記
先日友人の紹介で、あるエコロジー雑誌の取材を受けた。
しかもわが家で。
考えてみればまともに取材をされるなんていうのは初めてで、
前日から何を喋ろうかといろいろと考えたのだが、
結局出たとこ勝負かなという、いつもの結論に至った。
わが家での取材だったということもあり、
別段緊張するということもなく、質問されたことに淡々と答えた。
カメラマンのシャッターを切る音。
事前に情報を得てくださっていたとはいえ、
初めてお会いする方にお話しするというのはやっぱり新鮮。
客観的に自分の立ち位置を見つめ直すいい機会になった。
その後シャツのラックの前で撮影。
アトリエに移動し、作業風景を撮影。
カメラマンのリクエストにすべて応じる。
うまく笑顔がつくれない。
そんな感じで無事に終わった。
そしてやっぱり、もう少しこういうことも話せばよかったなどという
つまらない想念がアタマをよぎる。
そうやって取材慣れしていくんだろうな、みんな。
雑誌が出たら改めて告知します。
(スギ!ありがとう!!)
コメント4しかもわが家で。
考えてみればまともに取材をされるなんていうのは初めてで、
前日から何を喋ろうかといろいろと考えたのだが、
結局出たとこ勝負かなという、いつもの結論に至った。
わが家での取材だったということもあり、
別段緊張するということもなく、質問されたことに淡々と答えた。
カメラマンのシャッターを切る音。
事前に情報を得てくださっていたとはいえ、
初めてお会いする方にお話しするというのはやっぱり新鮮。
客観的に自分の立ち位置を見つめ直すいい機会になった。
その後シャツのラックの前で撮影。
アトリエに移動し、作業風景を撮影。
カメラマンのリクエストにすべて応じる。
うまく笑顔がつくれない。
そんな感じで無事に終わった。
そしてやっぱり、もう少しこういうことも話せばよかったなどという
つまらない想念がアタマをよぎる。
そうやって取材慣れしていくんだろうな、みんな。
雑誌が出たら改めて告知します。
(スギ!ありがとう!!)
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座薬から飛躍
2006.12.05 雑記
朝おきても、依然熱のひかない娘。
それでも笑顔と元気を失わないのですから
まったく頭が下がります。
熱なんて出したことないので、
体調が悪いことさえ理解できないのですかね。
いじらしいというか、けなげというか、
涙ぐましいというか。
病院にいくと、元気で食欲があるなら大丈夫とのこと。
元気がなくなったら使うようにと、
一応座薬を処方してもらいました。
座薬。
自分が子供の頃、母親に入れてもらったことを憶えています。
この薬、僕は凄く苦手だったというか、嫌いでした。
(誰だってそうか)
ケツの穴から突っ込まれてぐりぐりとやられる。
しばらくするとすぐに出てくる。
そんな調子でした。
娘はというと、なかなか熱がひかず、
夜になるとさすがにぐったりしてきました。
眠いのに寝つけないという感じでグズグズです。
高熱にもかかわらずまったく汗をかかないあたり、
体の中に熱がこもっているのでしょうか。
仕方なく例の白いミサイルを使ってみることに。
僕はもちろん、かみさんも誰かのケツに薬を押し込むなんて
経験はなく、躊躇いました。
されど母は強し。
危険を察知した娘のおむつを優しくおろし、ミサイル発射。
するとどうでしょう。
すぐに汗をかき始め、みるみるうちに熱がひくではありませんか。
そして気持ち良さそうに眠りについたのです。
薬ってすごいですね。
なるべくケミカルな薬は使いたくないと思っていますが、
いざ病気になるといろいろと考えさせられてしまいました。
近代以降の生活のあり方について違和感を憶え、
むかしながらの暮しをしている人が増えてきました。
そういう意識の変化はとてもいいことであると思いますし、
僕自信もなるべくそういう暮しにシフトしていければいいなと
思っています。
衣食住だけでなく病気などに対してもそうで、
自分のからだの免疫力を信じることを基本に考えたいものです。
けれど、仮に命に関わるような病気にかかったならば、
やはり現代の医学というものを無視できないと、
僕自身は思ってしまいます。
心地よい暮しというものを考えた時に、
どこに重点を置きながら、どの程度柔軟性を持たせるのか。
何事も極端なものは排他的になり過ぎてしまうので、
広い意味での調和を視野に入れると、
バランスをとるということが重要なようです。
このバランス感覚ってのがなかなかセンスを必要とするので
難しいところではあるのですが。
最近強く感じているのは、未来というものを、
現代あるいは過去を全面的に否定するという前提のうえに
構築してはならない、またそんなことはできないということを
深いところで理解することが大切なんじゃないかということ。
現在もしくは近未来を重要なパラダイムシフトの時期だと
想定したとして、懐の深さというか、身の丈というか、
そういったものをなるべく客観的に推し量ることが
やっぱり大切だと思うのです。
ま、そんなことはいつ何時、誰しにも言えることですが。
このテーマはもう少しつっこんで考えていきたいと思ってます。
コメント0それでも笑顔と元気を失わないのですから
まったく頭が下がります。
熱なんて出したことないので、
体調が悪いことさえ理解できないのですかね。
いじらしいというか、けなげというか、
涙ぐましいというか。
病院にいくと、元気で食欲があるなら大丈夫とのこと。
元気がなくなったら使うようにと、
一応座薬を処方してもらいました。
座薬。
自分が子供の頃、母親に入れてもらったことを憶えています。
この薬、僕は凄く苦手だったというか、嫌いでした。
(誰だってそうか)
ケツの穴から突っ込まれてぐりぐりとやられる。
しばらくするとすぐに出てくる。
そんな調子でした。
娘はというと、なかなか熱がひかず、
夜になるとさすがにぐったりしてきました。
眠いのに寝つけないという感じでグズグズです。
高熱にもかかわらずまったく汗をかかないあたり、
体の中に熱がこもっているのでしょうか。
仕方なく例の白いミサイルを使ってみることに。
僕はもちろん、かみさんも誰かのケツに薬を押し込むなんて
経験はなく、躊躇いました。
されど母は強し。
危険を察知した娘のおむつを優しくおろし、ミサイル発射。
するとどうでしょう。
すぐに汗をかき始め、みるみるうちに熱がひくではありませんか。
そして気持ち良さそうに眠りについたのです。
薬ってすごいですね。
なるべくケミカルな薬は使いたくないと思っていますが、
いざ病気になるといろいろと考えさせられてしまいました。
近代以降の生活のあり方について違和感を憶え、
むかしながらの暮しをしている人が増えてきました。
そういう意識の変化はとてもいいことであると思いますし、
僕自信もなるべくそういう暮しにシフトしていければいいなと
思っています。
衣食住だけでなく病気などに対してもそうで、
自分のからだの免疫力を信じることを基本に考えたいものです。
けれど、仮に命に関わるような病気にかかったならば、
やはり現代の医学というものを無視できないと、
僕自身は思ってしまいます。
心地よい暮しというものを考えた時に、
どこに重点を置きながら、どの程度柔軟性を持たせるのか。
何事も極端なものは排他的になり過ぎてしまうので、
広い意味での調和を視野に入れると、
バランスをとるということが重要なようです。
このバランス感覚ってのがなかなかセンスを必要とするので
難しいところではあるのですが。
最近強く感じているのは、未来というものを、
現代あるいは過去を全面的に否定するという前提のうえに
構築してはならない、またそんなことはできないということを
深いところで理解することが大切なんじゃないかということ。
現在もしくは近未来を重要なパラダイムシフトの時期だと
想定したとして、懐の深さというか、身の丈というか、
そういったものをなるべく客観的に推し量ることが
やっぱり大切だと思うのです。
ま、そんなことはいつ何時、誰しにも言えることですが。
このテーマはもう少しつっこんで考えていきたいと思ってます。
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家族
2006.12.04 雑記
白と黒のあいつに受けた傷が痛い。
紹介状を持って近所の整形外科を訪れる。
朝一だというのにジジババ達でごったがえしている。
どうやらリハビリ科もあるらしい。
建て前だけの診断書を受け取り帰る。
消毒もしてくれない。
まったく気が滅入ってしまう。
わが家は3人とも調子が悪い。
かみさんは2、3日前から風邪をこじらせ、
とうとう娘も熱を出した。
一体どうしたというのだ。
健康だけが売りの家族だというのに。
夜になって娘の熱を計ると38.5度もある。
夜間窓口のある病院に連れていこうと思ったが、
かろうじて元気があるので明日の朝連れていくことにした。
ごめんよ、きっとおいらがどこからか悪い気を
連れてきてしまったのね。
かみさんは運気が下がっている時は、
玄関を掃除すると邪気が逃げていくと信じている。
最近は毎日のように玄関を掃除して
風通しをよくしてくれている。
僕はそれを美しいと思っている。
大変だけれども、まとめて具合が悪い方がいいよねと、
励ましあっている。
こんなことをいくつか経験して
僕達はだんだん家族らしくなっていくのだろうかと
想像する。
そろそろ塩でも盛っちゃう?
コメント0紹介状を持って近所の整形外科を訪れる。
朝一だというのにジジババ達でごったがえしている。
どうやらリハビリ科もあるらしい。
建て前だけの診断書を受け取り帰る。
消毒もしてくれない。
まったく気が滅入ってしまう。
わが家は3人とも調子が悪い。
かみさんは2、3日前から風邪をこじらせ、
とうとう娘も熱を出した。
一体どうしたというのだ。
健康だけが売りの家族だというのに。
夜になって娘の熱を計ると38.5度もある。
夜間窓口のある病院に連れていこうと思ったが、
かろうじて元気があるので明日の朝連れていくことにした。
ごめんよ、きっとおいらがどこからか悪い気を
連れてきてしまったのね。
かみさんは運気が下がっている時は、
玄関を掃除すると邪気が逃げていくと信じている。
最近は毎日のように玄関を掃除して
風通しをよくしてくれている。
僕はそれを美しいと思っている。
大変だけれども、まとめて具合が悪い方がいいよねと、
励ましあっている。
こんなことをいくつか経験して
僕達はだんだん家族らしくなっていくのだろうかと
想像する。
そろそろ塩でも盛っちゃう?
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右前方・2
2006.12.03 雑記
寒い朝である。
薄曇りの、しかしなんてことない朝である。
コートを羽織り手袋をしてマウンテンバイクに
またがっている。
家を出てすぐ。
数台の信号待ちをしている車が見える。
最後尾には白と黒のツートンカラー。
悪いことをしているわけではないのに嫌な気持ちになる。
その車を右手に見ながら、
狭い歩道を慎重にすり抜ける、その瞬間。
思いがけないことが起こった。
気がつくと乗っていたはずの自転車は
その車の脇で横倒しになっている。
僕はいつのまにか道路脇の民家の駐車場に佇んでいる。
目がかすむ。
何が起きたのか一瞬理解できない。
助手席から降りてきた男の
「すみません!だいじょうぶですか!?」
という声と、
「あんた、警察でしょうが。」
という僕の声はほとんど同時だった。
信号待ちしているパトカーの脇を横切る瞬間、
助手席の扉が目の前で開き、ノーブレーキで激突したのだ。
左のスネにじわじわと痛みが訪れる。
ズボンをまくりあげると、すでに靴下にまで赤い血が伝い、
白い靴ひもにいくつかの赤いシミができている。
それから遅れるようにして、
左の鎖骨あたりにジンジンとした痛みが湧いてくる。
倒れた自転車の下に、かけていたはずのメガネが落ちている。
目がかすんで見えたのはそのためである。
日曜日であったということもあり、念のため救急車で搬送される。
いずれも初めての体験である。
無論、パトカーと事故る人などめったにいないだろうけれど。
病院で診察を受ける。
徐々に鎖骨あたりの痛みがスネの痛みを追い抜いていく。
「あ、これはやっちゃってるね。」
診察した医者の第一声である。
なぜかワクワクする。
我ながらおかしいと思うのだが、
これまで一度も骨を折ったことがないため、
そういう経験を得ることができるという
意味不明の期待感とでも言えばいいのであろうか。
やっぱり狂っていると思う。
しかしレントゲンを撮ってみると、
幸いにもその医者の診断は誤診であった。
骨は丈夫にできているらしく、
いずれも打撲、切り傷程度で済んだ。
迎えに来た交通課の警官の車に乗り、所轄の署へ。
どう言い訳しようと100%パトカー側に非があるわけで、
それはもう見たことのないような対応である。
いつもは威張りくさって見える警官が、ただのオヤジに見える。
過失割合を尋ねると、言葉を濁された。
いくら警察とはいえ保険に入っているらしく、
示談交渉は保険会社を通すということになった。
もちろんしっかり直していただきますよ。
しかしパトカーに乗ってた警官、やや気の毒でもある。
とっさに飛び出したのもどうやら近くでケンカがあったらしい。
警官が交通ルールを守れないとは何事ぞ!と当然思わないでもないが、
冷静な今はしっかりと賠償してくれればそれでいいと思っている。
年末にかけてケガ続きである。
ようやくたんこぶがひいてきたところであったのに。
もうこれ以上はないことを願うばかり。
あと一ヶ月。
平穏な年越しが迎えられますように。
まじで。
コメント0薄曇りの、しかしなんてことない朝である。
コートを羽織り手袋をしてマウンテンバイクに
またがっている。
家を出てすぐ。
数台の信号待ちをしている車が見える。
最後尾には白と黒のツートンカラー。
悪いことをしているわけではないのに嫌な気持ちになる。
その車を右手に見ながら、
狭い歩道を慎重にすり抜ける、その瞬間。
思いがけないことが起こった。
気がつくと乗っていたはずの自転車は
その車の脇で横倒しになっている。
僕はいつのまにか道路脇の民家の駐車場に佇んでいる。
目がかすむ。
何が起きたのか一瞬理解できない。
助手席から降りてきた男の
「すみません!だいじょうぶですか!?」
という声と、
「あんた、警察でしょうが。」
という僕の声はほとんど同時だった。
信号待ちしているパトカーの脇を横切る瞬間、
助手席の扉が目の前で開き、ノーブレーキで激突したのだ。
左のスネにじわじわと痛みが訪れる。
ズボンをまくりあげると、すでに靴下にまで赤い血が伝い、
白い靴ひもにいくつかの赤いシミができている。
それから遅れるようにして、
左の鎖骨あたりにジンジンとした痛みが湧いてくる。
倒れた自転車の下に、かけていたはずのメガネが落ちている。
目がかすんで見えたのはそのためである。
日曜日であったということもあり、念のため救急車で搬送される。
いずれも初めての体験である。
無論、パトカーと事故る人などめったにいないだろうけれど。
病院で診察を受ける。
徐々に鎖骨あたりの痛みがスネの痛みを追い抜いていく。
「あ、これはやっちゃってるね。」
診察した医者の第一声である。
なぜかワクワクする。
我ながらおかしいと思うのだが、
これまで一度も骨を折ったことがないため、
そういう経験を得ることができるという
意味不明の期待感とでも言えばいいのであろうか。
やっぱり狂っていると思う。
しかしレントゲンを撮ってみると、
幸いにもその医者の診断は誤診であった。
骨は丈夫にできているらしく、
いずれも打撲、切り傷程度で済んだ。
迎えに来た交通課の警官の車に乗り、所轄の署へ。
どう言い訳しようと100%パトカー側に非があるわけで、
それはもう見たことのないような対応である。
いつもは威張りくさって見える警官が、ただのオヤジに見える。
過失割合を尋ねると、言葉を濁された。
いくら警察とはいえ保険に入っているらしく、
示談交渉は保険会社を通すということになった。
もちろんしっかり直していただきますよ。
しかしパトカーに乗ってた警官、やや気の毒でもある。
とっさに飛び出したのもどうやら近くでケンカがあったらしい。
警官が交通ルールを守れないとは何事ぞ!と当然思わないでもないが、
冷静な今はしっかりと賠償してくれればそれでいいと思っている。
年末にかけてケガ続きである。
ようやくたんこぶがひいてきたところであったのに。
もうこれ以上はないことを願うばかり。
あと一ヶ月。
平穏な年越しが迎えられますように。
まじで。
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1万円で手に入る何か
2006.12.02 雑記
先日書きましたが、
今日思い立って本棚をつくりました。
僕の狭いアトリエの隅にある
わずかな隙間に置くことにしました。
スペースの寸法を測ると、思いのほか空間があり、
それなりの大きさのモノが置けそうです。
サイズ的にいうと縦160cm、横100cm程度でしょうか。
土曜日にもかかわらず、早速材木屋へ。
案の定お休みでしたが、奥にある母屋までおしかけ、
無理にお願いし、カットしてもらいました。
思い立ったら人の迷惑かえりみないタイプなんです。
わがままなんです。
ところがさすがに配送はしてもらえないとのこと。
さて困った。今日のこのテンションを逃すわけには行かない。
そこで近くのホームセンターに急遽赴き、
別のところに使う安い木材を買って軽トラを借りることに。
そのまま材木屋に立ち寄り、カットしてもらった板を運びました。
こういう悪ヂエははたらく方であるようです。
まったく性格が悪い。
で、なんだかんだ材料がそろったのは4時過ぎ。
慌てて庭に運び、組み立てました。
久しぶりにクギを打ったりしました。
刻々と暗くなっていきます。
一番安い杉の木を使ったため、随分木が歪んでいます。
きっちりかっちりしたものを作ろうなどと
はなから思っていなかったため、寸法もあえて目分量。
結果なんとも素人の日曜大工的仕上がりに。
それでも十分しっかりしたものができあがりました。
いろんなところがナナメになっていますが、
これもまた味ですな。
僕はこういう雰囲気好きなんです。
金額的にいうと材料費とカット代で1万円くらいかかりました。
確かに買った方が安いとも思うのですが、
単純におもしろかったですね。
で、こんなことを思ったのです。
手元に1万円がある。
そのお金で本棚というものを手に入れるとする。
その方法として、
まず既製品を買うという方法。
手に入るのは本棚という機能。
細部までしっかりと仕上げられたクオリティーからくる満足感。
一方手作りするという方法。
手に入るのは本棚という機能。
いびつなかたち(僕の場合)。
その出来上りから得られる満足感その人の好みによる。
部屋にぴったりのサイズ。
手づくりの経験と喜び。
一番良いのは満足いくモノを仕上げることができる技術を
持っていて、その上で手づくりすることことだと思うのですが、
僕の浅はかな検証によると、仮にそうでなくとも
時間があれば手作りする方がいいように思えます。
気に入らないところがあればまた直せばいいですし、
愛着が持てる気がします。
少しずつ手直しをすればいい。
何でも簡単に手に入ってしまう世の中であるからこそ、
こういう感覚ってなんだかとても大切なことであるように思えます。
そんなことを感じました。
コメント0今日思い立って本棚をつくりました。
僕の狭いアトリエの隅にある
わずかな隙間に置くことにしました。
スペースの寸法を測ると、思いのほか空間があり、
それなりの大きさのモノが置けそうです。
サイズ的にいうと縦160cm、横100cm程度でしょうか。
土曜日にもかかわらず、早速材木屋へ。
案の定お休みでしたが、奥にある母屋までおしかけ、
無理にお願いし、カットしてもらいました。
思い立ったら人の迷惑かえりみないタイプなんです。
わがままなんです。
ところがさすがに配送はしてもらえないとのこと。
さて困った。今日のこのテンションを逃すわけには行かない。
そこで近くのホームセンターに急遽赴き、
別のところに使う安い木材を買って軽トラを借りることに。
そのまま材木屋に立ち寄り、カットしてもらった板を運びました。
こういう悪ヂエははたらく方であるようです。
まったく性格が悪い。
で、なんだかんだ材料がそろったのは4時過ぎ。
慌てて庭に運び、組み立てました。
久しぶりにクギを打ったりしました。
刻々と暗くなっていきます。
一番安い杉の木を使ったため、随分木が歪んでいます。
きっちりかっちりしたものを作ろうなどと
はなから思っていなかったため、寸法もあえて目分量。
結果なんとも素人の日曜大工的仕上がりに。
それでも十分しっかりしたものができあがりました。
いろんなところがナナメになっていますが、
これもまた味ですな。
僕はこういう雰囲気好きなんです。
金額的にいうと材料費とカット代で1万円くらいかかりました。
確かに買った方が安いとも思うのですが、
単純におもしろかったですね。
で、こんなことを思ったのです。
手元に1万円がある。
そのお金で本棚というものを手に入れるとする。
その方法として、
まず既製品を買うという方法。
手に入るのは本棚という機能。
細部までしっかりと仕上げられたクオリティーからくる満足感。
一方手作りするという方法。
手に入るのは本棚という機能。
いびつなかたち(僕の場合)。
その出来上りから得られる満足感その人の好みによる。
部屋にぴったりのサイズ。
手づくりの経験と喜び。
一番良いのは満足いくモノを仕上げることができる技術を
持っていて、その上で手づくりすることことだと思うのですが、
僕の浅はかな検証によると、仮にそうでなくとも
時間があれば手作りする方がいいように思えます。
気に入らないところがあればまた直せばいいですし、
愛着が持てる気がします。
少しずつ手直しをすればいい。
何でも簡単に手に入ってしまう世の中であるからこそ、
こういう感覚ってなんだかとても大切なことであるように思えます。
そんなことを感じました。
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すっきりしびれて
2006.12.01 雑記
今年もとうとう12月に突入しました。
5日ほどおくれて綴っているこのブログ、
(もはや日記というよりノルマに近い)
ようやくであります。
さて、昨日書いた「西向く侍」の話。
早速ある方にその謎(僕にとって)を解いていただきました。
僕が勝手に「侍」だと思っていた文字が、
実は「士」であるそうなのです。
説明するまでもありませんが、
「士」の中の「十」と「一」を足して11月。
な、なるほど!!
僕にとっては実に20数年来の謎が解けたわけです。
って、こんなところで無知と怠惰を白状しても
しょうがないのですが。
しかしむかしの人は洒落てますよね。
「西向く士」。
なんとも哀愁漂う画を想像しません?
日本人ってこういうことなんじゃないかなー、
なんてそれは言い過ぎでしょうか。
すっきり、そしてしびれる感動。
我ながら単純だと思いますが。
(autumbrightさん、ありがとうございました!!!)
コメント05日ほどおくれて綴っているこのブログ、
(もはや日記というよりノルマに近い)
ようやくであります。
さて、昨日書いた「西向く侍」の話。
早速ある方にその謎(僕にとって)を解いていただきました。
僕が勝手に「侍」だと思っていた文字が、
実は「士」であるそうなのです。
説明するまでもありませんが、
「士」の中の「十」と「一」を足して11月。
な、なるほど!!
僕にとっては実に20数年来の謎が解けたわけです。
って、こんなところで無知と怠惰を白状しても
しょうがないのですが。
しかしむかしの人は洒落てますよね。
「西向く士」。
なんとも哀愁漂う画を想像しません?
日本人ってこういうことなんじゃないかなー、
なんてそれは言い過ぎでしょうか。
すっきり、そしてしびれる感動。
我ながら単純だと思いますが。
(autumbrightさん、ありがとうございました!!!)
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