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三保真吾

Author:三保真吾
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熊本県出身。
マリスト学園卒業。
武蔵野美術大学卒業。
長男、B型。
現在一児の父。

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2006.02.28 雑記
秋葉原にある業者さんに出向いたついでに、
新しくできたヨドバシカメラに行ってみました。

ものすごい広さです。
いや、びっくりしました。
売り場がメーカーごとに別れていたりと、
なかなか見やすい配置もよかったです。

1階のMacコーナーで新しいiMac見ましたよ。
intel搭載はいかがなんでしょ?
メモリ積んでも18万くらいで買えるみたいですね。
ま、今の僕にはとても高価ですが。

欲しくなってしまうので最近見ないようにしてたんですが、
明らかに僕のマシンも買い替え時かと思っております。
Macは初期不良のイメージがあるので、
いずれにしろしばらくは様子見でしょうか。

マシンの速度は実感できませんでしたが、
OSとかマウスの使い勝手の向上にはビックリしました。
あと、Remoteコントローラですか?
なんか、全く違う道具のような気さえしてしまいました。

うぅ〜む。ほしいなぁ。。。


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河豚

2006.02.27 雑記
日頃懇意にさせていただいている方のお宅にお邪魔し、
フグをご馳走になりました。

テッサ、テッチリ。
なんとも美味でありました。

学生時代にバイトしていた京都の老舗の女将さんなのですが、
以来本当に良くしていただいていて、もうひとりのお母さんだと思っています。

伝統というものの意味、モノの本質を見るということ。
その言葉のひとつひとつが僕にとってはとても貴重で、
かけがえのない財産をいただいていると感じています。

僕もこんなカッコイイ大人になりたい。
会う度にそう思わせてくれます。

受け継がれてゆくものはカタチではなく、美意識であるということ。
生命の連鎖の本質はそこにあるのではないかと、そう思うのです。


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靴と鬼

2006.02.26 雑記
誕生日を目前に、もはや走り出している娘。
最近はイタズラばかりして手を焼いている。

かまってほしいのか、少しもじっとしていない。
逆にじっとしている時は怪しいのだ。
大抵危険なモノを口にしている。
おそらく僕達が知らないだけで、
信じられないものを幾らか食べてしまっていると思う。

そんな娘が恐れをなしているモノが、わが家にふたつある。

節分の時に買った豆についていた鬼のお面と、
友達にプレゼントしてもらったナイキの靴だ。
このふたつはわが家の必勝アイテムとして君臨している。

靴を履かせると、とたんに腰が砕けて泣き出してしまう。
鬼のお面に関しては、視界に入っただけで体がこわばってしまう。

今日もソファーの上に鬼がいる。
何回おろしてもソファーによじ登ってしまうのだ。


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雛人形

2006.02.25 雑記
雛人形が届いた。
といっても大袈裟なものではなく、
お内裏様とお雛様がガラスケースに入った、お手軽なものだ。

数日前に浅草橋に出掛けて買ったのだが、
いつも通り唐突な思いつきである。

今年は娘の初節句ということもあり、
田舎の両親からもどうするのか聞かれてはいた。
あまりピンときていなかったので、
「家狭いし、特に買わなくてもいいかなー」
なんて言っていたのだ。

浅草橋は電車で5つくらいなので見るだけ見てみるか。
なんて軽い気持ちで出向いたのだが、
駅に降りるなり怪しいオヤジ達に次々と声をかけられた。
どうも人形問屋のまわし者らしかった。

そんな人達を適当にあしらって、
駅前の有名店を何件かをはしごする。
相場は8万円。
時期的にギリギリということもあり、各店お勉強しますよ、と。
話によると明日からは5月の節句のものと総とっかえらしい。
「こっちもなるべく現金に変えたいんでね」
なんてえげつないことを、きれいな人形の前で言う店員もいかがなものか。

ちょっと見るだけのはずが、
気がつくとすっかり買わなければならないような気になっている。

交渉の末、結局5万円で購入。
それが今日、家に届いた。

職人の手による美しい造形物。
こんなに人形をまじまじと見つめたのは初めてかもしれない。
圧倒的なプロの手仕事。
5万円は安いような気がしてくる。

当の娘は散々ガラスを手でたたき、
もうすっかり飽きてしまっている。
そんなもんですよね。

生まれた時から男の子と間違われてきた娘も、
最近ようやく女の子の顔になってきた。

「女の子は生まれた時から女ですからね」
と、元同僚の人が言っていた。

僕もそれを実感する日がくるのだろう。


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紳士の嗜み

2006.02.24 雑記
僕が生まれた時はすでにファッションは女性のものだった。

ファッションの華やかな世界に憧れを抱いていた高校生の頃、
男の服はなぜもこうつまらないのかと、そう思っていた。
そのせいか、今から思うともの凄い格好をしていた。
詳細には触れない。

紳士というものは、遠い遠いところにある存在だった。
男のロマンティシズムとか、高貴なイメージ。
優しさ、内に秘めたこだわり、さりげない佇まい。

女性のきらびやかで感情的な動的イメージに対して、
静かで思慮に満ちた静的イメージ。

大抵は伝統にとらわれるというマイナスの印象で語られることが多いように思う。
これは誰かの思惑ではなかろうか。

ファッション至上主義という幻想から、僕達はまだ抜けだせずにいる。
常に新しい自分を追いながら、何者かから逃げている。
今の世の中のストレスの根源の多くは、この強迫観念に由来するのではないか。
そしてこのしくみも、誰かの手によって仕組まれている。
そのことに、多くの人は気がついていない。

道具は手入れしながら、長く使う。
目に見えないところにこそこだわりを持つ。
モノの背景を知り、愛着をもって使う。
高価でも、長く使えるものを選ぶ。
自分の確固たる価値観をもちながらも、誰かに強要したりはしない。

紳士という生き方の、何と美しいことか。

僕達はいずれ静けさを取り戻すだろう。
狂乱の祭りは終わりに近づいている。

シガーをふかしながらそんなことを思うのだ。


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檜舞台に躍り出た感

2006.02.23 雑記
2005年は僕の人生にとって、大きな転換の年だった。
子供がうまれ、父になった。
母方の祖母と父方の祖父が立て続けに他界し、
僕より上の世代は父と母だけになった。

母方の祖母は農家の人だった。
女5人の母だった。
当時はおそらく辛い思いをしたことも多かっただろう。
年をとってからは目が見えなくなった。

父方の祖父は海軍上がりの人だった。
その栄光に最期まですがって生きた人であった。
だらしない、ダメな男であった。
親父の兄弟にはそんな祖父の血を引いた人が何人もいる。
僕は幼い頃からこの血筋を恥ずかしく思っていた。

祖母の死は悲しいものであった。
帰省した際、顔を出さなかったことを悔やんだ。

祖父の死は僕に何の感情も引き起こさなかった。
それは想像した通りだった。

ところが、しばらく経つとなんともいえない想いが胸の中で渦巻いていた。
これは何だ。

父親は数年前に仕事をやめ、八百屋でも始めようかと言い出した。
はじめは冗談だと思っていたが、親父は本気だった。
町のボランティア団体が所有する廃れたお土産屋を立て直し、
そこで野菜を売りはじめた。
母はその一画で念願の食堂をはじめた。

これは僕にとっても嬉しいことであった。
両親がまだまだ何かに挑戦している。
それを誇りに思った。
そして、ほっと安心したのだ。

祖父の死が僕に突き付けたのは、悲しみとか感傷ではない。
言ってみれば檜舞台だったのだ。
現役の最前線に否応なく立たされる、
祖父の死はそれを意味していた。

僕にとってこの事実はずしりと重いものであった。
決して悪い気はしなかったが、それが両親のリタイアを意味するような
そんな気がしなくもなかった。
ところが、当の本人達は、イキイキと仕事をしている。
ただただそのことが嬉しかった。

死というものが、生きるという生命の連鎖を伝えてゆく。

その感覚の中に僕達の生きる意味があるような、そんな気がした。


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口が痛い

2006.02.22 雑記
口が痛い。

正確には口内炎と虫歯で痛い。

親知らずを筆頭に、右の奥歯3本くらいがかなり怪しい。
ずっと気付かないふりをしていましたが、そろそろ限界のようです。
歯医者に行かねば。。。

歯医者って上手なとことそうではないところ、
料金が安いところと高いところってけっこう差がありません?
聞くところによると、料金って病院が勝手に設定していいらしいですね。
頻繁に通院しなければならないため、ついつい近場で済ませてしまいがちですが、
長く付き合っていかなければならないカラダの一部と考えれば、
慎重に選びたいものです。

最近では「患者が選んだ良い病院」という本もたくさん出ています。
うちも産院を選ぶ際に活用し、この本の素晴らしさを実感しました。
歯医者に関しても調べてみたのですが近くには評判の歯科はありませんでした。
ネットで調べるとすぐ近くに良さそうなところがあって、
妻がすでに通っているのですが、僕も行ってみます。

ネットで調べる際のひとつの基準は、ホームページで情報を公開しているか、
という点です。
歯医者に限らずですが、ホームページの雰囲気である程度は判断できます。

もうひとつは口内炎。
日に日に巨大化しているのですが、このまま口の内側が
全部口内炎になったりはしないですよね。

とにかく憂鬱であります。


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衣食足りて礼節を知る

2006.02.21 雑記
銀行の待ち時間にふと手にした雑誌。
養老猛司氏の文章が目についた。

「意識」について書かれたものだったけれど、その中で
「衣食足りて礼節を知る」という言葉がでてきた。

美しい言葉だと思う反面、ひっかかりをおぼえた。

この言葉の意味は、衣食が十分にあってこそ人は礼節をわきまえるようになる。
というものであろう。
ところが、衣食さえ十分にあれば誰もが礼節をわきまえるようになるかといえば、
必ずしもそうではない。

僕も含めて、生まれながらに経済的に豊かな社会に育った人間は、
逆にこの言葉の意味を理解できないのではないか。
戦後の物資不足の時代、人々が求めた豊かさのカタチの末に
今の日本の社会がある。
多くの文化や自然環境を破壊してまですがろうとした豊かさのカタチを、
僕達はそう易々と否定できない。
モノが何もない中で、礼節は見えないところにしまわれていたのだ。
そしてこの伝統は、今なお引き継がれている。

これからの世の中をつくっていく僕達にとって礼節とは何か。
衣食住、それ以上の多くのモノを手にした僕達が守らなければならない
礼節とは。

僕達が気付き始めていることは、
生活の根本をより良いカタチに変えなければならないということだ。
衣食住は確かに足りているけれども、僕達を満たしてはいない。

礼節とは、礼儀であり節度だ。
それは多くのつながりを取り戻し、節度のある暮しをするということだ。

「衣食足りて礼節を知る」

豊かな時代であるからこそ、本当の豊かさを知らなければならない。
そういった意味であるように思えた。


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DAVIDOFF NO.2

2006.02.20 雑記
おすすめシガー第2弾。

今回はDAVIDOFFをご紹介。
創設者のZINO DAVIDOFFがその生涯をかけてつくり上げた
最高級ブランド、DAVIDOFF。
シガーのロールスロイスとも称される、
まさにシガーの代名詞的ブランドである。
元々はキューバで生産されていたが、
90年代に入りドミニカに拠点を移している。

そのDAVIDOFFの超ロングセラーが「DAVIDOFF NO.2」である。
DAVIDOFF特有の軽やかな喫味と華のような上品な香り。
繊細でありながら奥行きを感じさせる趣のある味わいは、
DAVIDOFFのみならずシガーの永遠の定番である。

男女問わず、シガーをこれから始められる方は、
迷わずこの一本を手にしていただきたい。

喫煙時間:50分
価格:¥2,100
   ¥2,200(チューブ入り)

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弟の部屋

2006.02.19 雑記
弟が春から就職で上京するらしい。

今日は朝から物件探しに出かけた。
入社後のスケジュール説明にでてくるついでに物件を探すという。
許された時間は二日間。
しかも人気のある高円寺、阿佐ヶ谷界隈で探すことになった。
なかなか無茶な注文だ。

高円寺駅前のミニミニに行く。
条件を話し、2件程内観に出かける。
一件目。
日当たり良好、角部屋マンション。
即決。

1時間足らずで弟の東京暮らしのアジトが決まる。
これには幾つかの理由がある。

ひとつは時期。
私立大学の合格発表に伴い、迷えば迷うほど良好物件が消えてゆく状況。

2点目は就職先の待遇。
話によると6割程度の住居手当てが出るという。
さらに驚くことに、入居費用全額会社負担!!
今どき信じられない高待遇だ。
まったくうらやましい限りである。

無事に申し込みを済ませ、弟の彼女と合流し昼飯に。
南口アーケードを脇に入ったジンギスカンの店へ。
ジンギスカン初体験である。
一切クセなし。驚くほど旨かった。
十分満足なボリュームで¥980。
「秋桜」是非行ってみてください。

何はともあれ、弟の門出に幸あれ。


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トレード

2006.02.18 雑記
資本主義の害悪の最たるもののひとつは「搾取」という不平等な構造です。
「搾取」とは労働に対する正当な報酬が支払われないということです。
発展途上国で不等に安く生産されたものを先進国で高く売るといったことも、
その一種と言えます。

こういった不平等なトレードに対して、
フェアトレードという言葉がうまれました。
生産者の生活をきちんと賄うだけの対価をきちんと支払うための、
透明性のあるトレードです。

本来トレードとは対等な関係で行われなければならないので、
基本的にフェアなものであるはずなのですが、
わざわざフェアトレードという言葉で区別しなければならないほど
世の中のトレードは不平等なものが多いのが現状です。

モノの価値よりも高い価格には敏感であるのに、
どう考えても安すぎるモノに対して僕達は以外と無関心です。
この態度は見えないところで搾取構造を支えています。

島国の日本においては、食料自給率でさえ、
全く自国で賄えない状況にあります。
つまり、いずれにせよグローバルなトレードそのものは
今の日本にはなくてはならない手法です。

それに対して、地産地消という言葉が盛んに叫ばれるようになりました。
詳細な定義はここでは触れませんが、
簡単にいうと住んでいる土地のもので生活を賄おうという考え方です。
それぞれの土地のものを小さな生産消費サイクルでまわすことが、
透明性や鮮度を保持できるということです。
莫大な輸送エネルギーを抑えることができるため、
環境負荷が少ないということも大きな利点です。

そういった地産地消の考え方は、ある種グローバルなトレードそのものを
否定するものです。
しかし、フェアトレードと地産地消が根本的に解決しようとしているものには
大きな共通点があります。

それは生産者と消費者の「距離」そのものであるように思うのです。

フェアトレードにしても地産地消にしても、
その隔りを縮めるということが大きな目的なのです。
つまり、生産者と消費者の信頼関係を取り戻すということです。
そしてそれは生産者と消費者だけの関係ではありません。
生産者と消費者をつなぐ間接者との相互関係の正常化をも意味します。

現実的なよりよい未来の実現のためには、
フェアトレードと地産地消の両方の考え方を相反するものではなく
程よく取り入れていくことが重要であることは間違いありません。

この辺についてはモノづくりをする立場の人間として、
さらに考察を深めなければならないと感じています。
もう少し勉強します。


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ライフ

2006.02.17 雑記
歩くことを完全におぼえた。

小走りで駆けることもできる。

立ち止まり、後ろを振り返る。

今歩いてきた道を後戻りしたりもする。

人生は黙っていてもラディカルに刻まれてゆくのだ。


手を振り、泣き、遊び、笑い、ふざけあって、眠る。

思い出し、淋しがり、バンザイをして、食べる。

怒って、夢を見て、おしゃべりをして、つまずいたりする。

そんな娘の、なんてことないあたりまえの毎日。

それがとてつもなく美しいもののように思えた。


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正直しんどい

2006.02.16 雑記
連日のようにぼやいておりますが、
寝ても醒めても制作のことでアタマがいっぱい。
いつも覚醒しているようで、常に眠い。
正直しんどい。

モノを作る方は皆さんそうでしょうが、
なんというか、魂を削っている感じなんです。
僕の場合、ひとつのことを終わらせてから次をやるというのではなく、
全てのことを同時進行させながらでないとダメなんです。
たぶんこのやり方のせいで余計に疲れるんでしょうが、
こればっかりはどうしようもないんです。

健康的なモノづくりには、
おそらく締め切りがないということが重要かと思われます。
しかし僕の場合、それがないといつまでも腰があがらない危険性が
かなり高いです。

つまるところ当面この状況は続くという、
ただそれだけなのです。

この苦しみを越えて、
春にはそんなものを微塵も感じさせない軽やかなシャツをお届けいたします。
どうぞご期待ください。


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食い物の恨み

2006.02.15 雑記
今日は津田沼に行きました。

ユザワヤで色々買おうと思って出かけたのですが、
昼ご飯は着いてから食べようということになったんです。
というのも、以前出かけたときにうまい中華料理屋を見つけたんです。

おなかをペコペコにしながら、こないだ食べた時は坦々麺がうまかったとか、
黒酢あんかけチャーハンはまた頼もうとか、散々盛り上がっていたんです。

ところがどっこい。
いざ着いてみると店がありません。
というより、店が入っていたデパートが閉店しているではありませんか。

僕達はすっかり気分が落ち込み、
なんともいえない険悪な空気が流れます。
春の兆しを思わせる日射しが確かに僕達を照らしていたはずなのですが、
淋しい冬の風が吹き抜けてゆきます。

食い物の恨みは、恐ろしい。

今月は制作等が立て込み、少し疲れてます。
いつもそうなんですが、こういう状況の時は確実に体重が減ります。
健康には気をつけよう。。。


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教育

2006.02.14 雑記
僕のカラダの右半分は父親で左半分は母親だと、そう思う。

日本でもしきりに教育論が語られるようになった。
学力の低下が問題視され、ゆとり教育は結局見直された。
凶悪な少年犯罪が毎日のように報道され、僕達はすっかり驚かなくなった。
そして、何かが間違っているという感覚だけが浮遊し、
大人も子供も何もわからなくなった。
これは事実だ。

教育とは何か。
人が人を育てるとは何か。
育つとは何か。

子供の頃、両親がケンカをするのが何よりもきらいだった。
カラダを引き裂かれるような思いがした。
今思うと些細なケンカだ。
それでも子供は傷付いてしまうのだ。

親の背中を見て子は育つというけれど、
子が見ているのは背中ではなく、父と母のあいだの混じりあった空気だ。
その空気の、色や温度や匂いだ。
それはつまり、自分自身のカラダの意味そのものである。

父親と母親が愛しあうこと。
教育にそれ意外何が必要であろうか。
僕はそう思っている。


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快楽

2006.02.13 雑記
多大な影響を受けた書籍に中に、
以前ご紹介した、辻信一氏の「SLOW IS BEAUTIFUL」があります。

それに続く「スロー快楽主義宣言!」を、もう一度読んでいます。
僕は気に入った本を何度も読んでしまうのですが、
毎回新しい発見があって楽しいのです。

その中でジャーナリストの福岡賢正氏の「たのしい不便」の抜粋。

  ねじり鉢巻きをしめて決然と何かに挑戦するようなストイックなやり方では、
  かつての共産主義国家が生んだ模範市民のように、少数の「目覚めた人々」
  にしか行動を起こさせることはできない。これでは社会は変らないだろうし、
  変ったとしても、そうした「目覚めた人々」に導かれた社会は窮屈で幸福
  ではないことは明らかだ。

辻氏は環境運動や自然保護活動が、しばしば禁欲的なイメージに
まとわりつかれてきた責任を、メディアのみならず、運動をしている人々にも
あるのではないかと指摘する。
運動が単なる「反対」の枠の中にとどまっている間は、
その運動の先にあるはずの快楽を、ビジョンとして提示することができないと。

この指摘は非常に鋭い。
行為そのものが目的とすり変ってしまうという本末転倒な出来事は
人間の暮らし、社会全体に起きていることでもある。

この本が語っていることはとてもシンプル。
僕達が失ってきた人間本来の生活は、愉しくて美しく、安らかでおいしい。
ということ。

デザインの分野においても、この視点は非常に重要だと思う。
人間本来の豊かな暮しを、誰もが幸福でありつづける手法で
僕達は設計しなければならない。


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オーガニック

2006.02.12 higomokkosu SHIRT
以前オーガニックコットンについて書いた中で、
そもそもオーガニックとは何かということについて触れました。
その中で「オーガニックの最大の特徴は、第三者機関の認証を得ていること」
と書きました。

少し補足しなければならないと感じたので、
改めてオーガニックという言葉について考えてみます。

現在、食品をはじめとする農作物(コットンも含む)に関しては
先に述べたように認証機関の基準をクリアしたものだけを
オーガニックと呼ぶということになっています。

そもそもこういった認証機関や基準が定められたのも、
経済市場主義の世の中で、本来あたりまえであった作物の栽培方法が合理化され、
化学肥料や農薬の人的あるいは環境に対する被害が顕著になってきたからです。
そして、生産者と消費者の間に距離が生まれ、
結果的に不誠実が横行しているからです。

オーガニックとは「有機的」、あるいは「本来の、元来の」と訳されます。
今ではオーガニックというと、何か特別なもののように扱われますが、
そんなことはありません。
長い歴史の中で自然に調和した作物の栽培には化学肥料など必要なかったのです。

つまりオーガニックという言葉がクローズアップされればされるほど、
今の世の中の不自然さが浮き彫りになるのです。
これはなんとも滑稽な出来事です。

僕自身はオーガニックという言葉の中に、
「本物の」「正直な」という意味を見い出したいと思っています。

エコや、ロハスや、スローも、
根本に流れる思想はどれも同じものだと思っています。
どんな言葉を使ってもいい。
僕らが望むのは、「本当に心地よい生活」。


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LOHAS TRENDS 2006

2006.02.11 雑記
株式会社イースクエアが主催するLOHAS TRENDS 2006に出席した。

Think the Earth プロジェクトプロデューサーの上田壮一氏と、
オーガニックコンシェルジュの岡本貴子氏、
イースクエアの社長であるピーダーセン氏の講演。
イースクエアのLOHAS事業説明。
交流会という流れ。

それぞれの講演時間が30分ずつと短かったため、
おのおのやや端折った感じはあったものの、
逆におおまかな流れが掴みやすく、わかりやすい内容だった。

ブームの追い風もあり、多くのジャンルの方々が興味を抱き、
新しいネットワークを築いていくために動き出しているという空気が
会場の雰囲気からも伝わってきた。

よりよいビジネスの形態を常に模索するという姿勢は重要だ。
企業、消費者、社会それぞれにとって有益な事業を確立しなければならない。
残念ながらまだ日本にはそのお手本となるような企業が存在しない。

アジア圏の有機栽培農地及びオーガニック商品の消費指数は
オーストラリア、ヨーロッパ、アメリカ、南アメリカ諸国に比べ、
まだまだ少ないのが現状だ。
しかし一方で、着実に拡大している市場でもある。

いずれにせよ地球規模の環境問題等を視野に入れると、
早急にパラダイムシフトしなければならないのは誰の目にも明らかだ。
LOHASもそのための方法でしかない。

これまでの経済至上主義のモノ・コトづくりから、
本来のモノ・コトづくりへのシフトチェンジ。
それを可能にするためのシステムの構築。

よりよい社会を築くための仕事である。
誰もがワクワクするに決まっている。
その点に於いて、未来は明るいと思う。

交流会で振る舞われたオーガニックワインの味は格別だった。
詳しくはMavieさんのホームページで。


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幸福論 1

2006.02.10 雑記
きれいごとばかりを口にしていると、思う。
それは時に、思いがけず誰かを傷つけてしまう。
そこに葛藤があるのだ。

幸せの反対は不幸せとは限らない。
日々幸せを追い求め、それでも突然不幸せが襲う。
人生とはまさに波状である。

幸せは失ってはじめて気が付くものだと誰もが言う。
幸せとはそれほどささやかで、繊細な状態なのだ。

不幸せとはどうか。
それは美しい旋律の中に混じる不協和音である。
違和感である。
時空を越えて連鎖する、因果でもある。
しかしそれは出来事なのだ。

不幸せのない毎日。
それこそが幸せのかたちである。
僕はそう思っている。

幸せは欲するものではなく、感じるものだ。
勝ち取るものではなく、分かち合うものだ。
望むものではなく、祈るものだ。

これはきれいごとである。
それが悲しい。


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インプット

2006.02.09 雑記
春の新作の制作に入っておりまして、
最近は殻に閉じこもりがちになっております。

モノを作る方は大抵そうかもしれませんが、
何もないところから発想してカタチにする時って
精神的にピリピリするんです。

普段ならなんてことないことが無性にカチンときたり、
テンションの浮き沈みが激しくなったり。
ま、情緒不安定ってやつですかね。
言葉にするといかにも病んでる感じですね。
うーーーん。

普段から心掛けてはいるんですが、
インプットが大切だなと思います。
美しいと思ったことを心に留めておくこと。
そのことに対して意識的であること。
いや、これがなかなか大変なんですけどねぇ。

もっとオープンでいなければ。
何事も。


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心技体

2006.02.08 雑記
知人に頼まれて久しぶりにジャケットのパターンをおこしています。

僕が師事した先生は数値をもとに引いていくやり方というより、
どちらかというと絵を描くような引き方だったので、
パターンを引くのが楽しいんです。

0.5mmの線の差が出来上がりの雰囲気を変えてしまうということを
先生の手さばきから学びました。
答えが数字で出ないので、感覚を研ぎ澄まさなければなりません。
これはなかなか疲弊するのですが、同時に刺激的でもあります。

技術とは心であり体そのものであると感じます。
まさに心技体ですね。


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COHIBA SIGLO VI

2006.02.07 雑記
とうとうおすすめシガーの記事まで書くことになりました。
興味のある方はお付き合いください。

キューバの王様ブランドであるCOHIBA(コイーバ)。
SIGLO VIはSIGLOシリーズの中では一番新しく、最大のサイズ。
そして一番旨い、と思う。

COHIBAのこってりした味わいとSIGLOシリーズ独特の軽さ。
太さ、長さともに申し分のない特大サイズ。
複雑でリッチな味わい、華やかで濃厚な香りの調和は見事。
特別な時に一人でゆっくりと味わいたい一本。

¥3,600はかなり高額だが、間違いのない一本といえる。
チューブ入りもあるので贈答用にもいいのでは。

一回目からかなりスペシャルなシガーをご紹介しましたが、
安くて美味しいものも紹介していこうと思ってます。
ご興味のある方、お楽しみに。


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ゼンシンゼンレイを

2006.02.06 雑記
同志である長尾隆行の新しいプロジェクトがスタートしました。
サイトがオープンしましたのでお知らせします。

プロジェクト名は『ゼンシンゼンレイを

詳細については今後の活動で明らかになる模様。
まずはそのスピリットを感じてください。

今後の活動に乞うご期待。


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たった一度

2006.02.05 雑記
夢とか野心とか希望とか、まして煩悩などではなく
使命を持って生きようと、そう思います。

誰かに望まれて生を受けて、誰かに望まれて日々を過ごしている。
それはとても有り難いことだと思うのです。
それ以上の幸福などありはしないと、そう思っています。

感謝の気持ちを持って丁寧に自分のいのちを全うすること。
使命を持つとはそういうことであるように思うのです。

それは難しいことではないけれど、
ちょっとだけ根気がいるな、と思っています。

けれど、たった一度きりの人生と思えば。


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MM

2006.02.04 雑記
マルタンマルジェラの恵比寿店が移転新装オープンするということで、
レセプションに顔をだしました。
というのも、以前友達が働いていたのです。

時間通りに到着するとすでに長蛇の列。
ほぼ同じ年代の人たち。
恐るべき人気。

和太鼓のセレモニーの後に樽酒。
その場で穴を空けてキーホルダーになった住所のプレート。
お馴染みの白衣のスタッフ。
一軒家から工場跡のビルの一画への移転。
期待を裏切らないクオリティーでした。

一通りながめて連れとホルモン屋に寄って帰路へ。
家のまえのコンビニで妻に頼まれたコーヒーとパンを買う。
レジに並んだ鬼のお面。

鬼になって帰宅。
娘、絶叫。
豆を投げ付けられ外へ。
寒空には例の爆弾低気圧が。
なんて風だ・・・。


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本屋で出会った人たち

2006.02.03 雑記
小説はあまり読んだことありませんが、
本を読むことは好きです。
本屋に行くと、思想とか哲学とかそっちのコーナーに行くことが多いです。
といっても難しいことはよくわからないのですが。

難しく思われがちなことを簡単な言葉で話す人がすきです。
研ぎ澄まして研ぎ澄まして、最後に残った大切なものを
シンプルな言葉で紡ぐ人がすきです。

本屋で出会ったそんな人たちをご紹介します。

養老猛司氏。
「バカの壁」ですっかり有名になったあの人です。
本業は解剖学者。著書多数。生き方も物言いもかっこいいです。

鷲田清一氏。
「てつがくを着て、まちを歩こう」は学生時代のバイブルでした。
哲学者。ファッション学、身体論を通して現代をおもしろい視点で語ってくれます。

辻信一氏。
「SLOW IS BEAUTIFUL」には個人的に多大な影響を受けました。
文化人類学者。スローと言う言葉をキーワードに様々な活動を展開。
「100万人のキャンドルナイト」や「ナマケモノ倶楽部」はあまりにも有名。

吉本隆明氏。
僕は「悪人正義」という本を読みました。その他著書多数。
ご存知吉本ばななの父。「思想界の巨人」。テレビ好き、ネコ好きらしい。

他にもいると思うのですが、とりあえず思いついた人たちです。
ぜひ読んでみてください。


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低気圧がキライ

2006.02.02 雑記
こいつがやってくると、無性にだるい。
そしていつにもまして眠い。
今日は50回くらいあくびしたんではなかろうか。

気圧が下がるってことは、膨らむってことだ。
アタマの中身がちょっとだけ膨らんでいるせいで、ぼーっとする。
アタマの中身だけではない。
身の回りのいろんなものが、空気の圧力から少しだけ解き放たれている。

世界は膨らんだり、縮んだりする。

週末は超爆弾低気圧がやってくるらしい。
ご注意ください。


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うかうかしてられない

2006.02.01 雑記
今さらですが、今年はたくさんの方々と交流が持てればいいなと思っています。
higomokkosu SHIRTのことを知ってもらうだけでなく、
いろいろな方の生き方を知る機会が多くあるように願っています。

今日から2月です。
新年が明けて、早くも1ヶ月が過ぎてしまいました。

うかうかしていられない。


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